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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ Ⅲ.I Can't Get Started  ③ ~



 あと十五分ほどで新年を迎えようとしていた大晦日の夜、
勝也は刑事部屋の隅でコピーを取っていた。
 部屋には貴志と二人だけで、コピー機の給紙の音だけが
並んだデスクに染み込んでいく。この場における限りでは、
静かな夜だった。

 突然、静寂を切り裂く電話の音。貴志が書類に視線を
落としたままで受話器を取った。
「──刑事課」
 勝也はコピー機に向かったまま耳をそばだてた。頼むから、
今夜は事件だけは無しにしてや──。
「──ああ、うん、そう、俺だよ。こんばんわ」
 明るくなった貴志の声を聞いて、勝也はほっとした。どうやら
彼の数多いガールフレンドの一人のようだ。……ふん、
女たらしめ。
「──ちょっと待ってて。鍋島と代わるから」
「ええ? 俺か?」
 勝也は驚いて振り返った。
 貴志は目を細めて薄笑いを浮かべ、勝也をじっと見つめると
言った。 「野々村さんだ」
「え、ああ……うん」
 勝也は曖昧な返事をした。まだ完全でない足を僅かに
引きずり、ゆっくりとデスクに戻った。そしてまるで割れ物を
扱うように受話器を受け取ると、本当に何かが喉に詰まって
いるような重い咳払いをしてからゆっくりと息をはいた。
「──もしもし」
《勝ちゃん?》
 真澄の声は明るかった。
「ああ、う、うん」
 勝也は俯いた。「よう分かったな。今夜は仕事やって」
《うん。勝ちゃんこの前そう言うてたから》
「あ、そうやったな」
 電話の向こうで真澄が微かに笑ったのが分かった。どうやら
少し酒を飲んでいるようだった。
《今までね、麗子と話してたの》
「そうか」
《麗子、あたしのこと気にして電話してきてくれたのよ》
「うん」
《勝ちゃんも心配してくれてるんやってね。あたしのこと》
「……当たり前やろ」と勝也は言った。「悪いのは俺なんやし」
《何が?》
 真澄は即座に訊き返した。《何で勝ちゃんが悪いの?》
「せやかて、俺がいつまでもはっきりせえへんかったから
おまえに辛い思いを──」
 そこまで言うと勝也は隣のデスクの貴志をちらりと見た。
貴志は何食わぬ顔で報告書の作成に取り組んでおり、こちらの
話に取り立てて興味も示さなければ特別遠慮する様子もない。
そこが彼らしいところだった。

《それは違うわよ》
 真澄は強く言った。《お願いやから、そんなことだけは言わん
といて》
「でも……」
《あたし、年が明けたらお見合いするの》真澄は明るく言った。
「そうなんか」
《でも、これは前から決まってたことよ。勝ちゃんに断られた
からするのと違うの》
「ああ、分かってる」
《そやから、もうあたしのこと気にせんといてね》
 勝也は何も言えないでいた。真澄がそんな軽い気持ちで
自分を想っていてくれたのではないことが、彼にもよく分かって
いたからだ。
《ほんとよ》
「うん。ちゃんと分かってるよ」
《それやったら……ええの》
 ここで突然真澄は涙声になった。《それだけが言いたかった
から……切るね》
「あ、あの、真澄」勝也は慌てたように言った。
《何……?》
「その……ほんまにごめんな」
《ううん》
 そう言うか言わないかで、真澄は電話を切っていった。
 勝也はゆっくりと受話器を耳から外し、静かに戻した。思わず
長い溜め息が出た。

「──ひでえ男だな、おまえは」
 頬杖を突いて報告書を読み返していた貴志がぽつりと言った。
「えっ……」
「謝るなんてよ」
「けど──」
「それじゃあ向こうはいつまでたっても引きずっちまうぜ」
「そんなこと言うたって……」
「そんなときはわざとケロッとして、もう済んだことだって感じに
した方がいいんだよ。薄情だと思われてもな」
「……そうかな」
「そうさ」
 貴志はここで初めて勝也を見た。「汚ねえよ」
 勝也は俯いて溜め息を漏らした。しかやがて思い直したように
まっすぐに顔を上げると、半ば自棄になって言った。
「しゃあないやろ。俺にはこんなやり方しかでけへんのやから」
「それでいいと思ってんなら、そうすりゃいいさ」
 貴志は鼻で笑った。「俺には偽善者にしか見えねえけどな」
「偽善者──」
 貴志にそう言われて、勝也はちょっとショックを受けた。すとんと
肩を落とし、疲れ切ったような足取りでデスクを離れるとコピーに
戻った。

 年が明けたのはその瞬間だった。

 

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The Shadow Of Your Smile ① 


 
 

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無題

 なるほどーっ、ここで、「ごめん」というと女の子は傷つくのですね。いやあ、なんどやらかしたことか。(大嘘)
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2009/09/22 (09:52) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

いつもありがとうございます。

いや、女子全員が傷つくかどうか、それは確信無いですよ^^;
でもとりあえず一番ダメなのは、いつまでもグズグズとはっきりしないこと。

その点は大丈夫でしたか?^^

  • from みはる :
  • 2009/09/22 (22:34)

無題

 好きです、お付き合いしてください、結婚しましょう。とこちらはいいました。対する先方は、いいですよ、嫌ですよ、考えさせてください、やっぱりお友達でいましょうね、きゃー気持ち悪い、という答えでした。
 みはるワールドのような情緒がなかったです。なんてシンプルな恋愛。(苦笑)
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2009/09/23 (13:12) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

そうですか・・・ま、まぁ、恋愛はその人、それぞれのカタチが
あって当たり前。みんな同じような恋をしていたのでは
面白くも何ともありません。
苦い経験も楽しい思い出も、ひとつひとつ栄養にして、
前に進んでいくのですね。^^
  • from みはる :
  • 2009/09/24 (08:14)

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