忍者ブログ

およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ Ⅱ.How Long Does This Been Going On ? ② ~ 


 梅田へ出た二人は、真新しいオフィス・ビルの地下にある
イタリア家庭料理の店に入った。
 一時近くになっていたので店はちょうど落ち着いてきた
ところで、二人は入口から一番奥のテーブルに案内された。
そばの壁には大きな風景画が掛かっていた。

 オーダーを済ませたあと、勝也は店内の効きすぎの暖房に
顔をしかめてジャケットを脱ごうとした。しかし途中でその手を
止めた。
「どうかしたの?」麗子は怪訝そうに勝也を見た。
「いや、別に」
「暑かったら脱げば?」
「……銃を持ってるから」勝也は声をひそめて言った。
「嘘、何やってんのよ?」麗子は露骨に迷惑そうな顔をした。
「持ってこないでよ。そんなもの」
「置いてくるの忘れたんや」
「……まあ、不法所持ってわけではないけど」
 そう言うと麗子は後ろを振り返ってウェイターを呼び、暖房を
少し緩めてもらうように頼んだ。
 勝也はテーブルに両肘を突き、顔の前で手を組んだ。「なあ」
「何?」
 麗子は微かに首を傾げて、微笑みながら勝也をじっと見つめた。
 勝也はどきっとした。いくら九年間で見馴れているとは言え、
そんなに綺麗な顔で見つめられてはさすがに男として応える
ものがある。まさにノックアウトだった。
「いや、ええよ」勝也は思わず俯いた。「何でもない」
「言いなさいよ。相変わらず、そうやってちっともはっきり
しないのがあんたの悪い癖よ」
「たいしたことやないから」
 麗子はやれやれと言うように溜め息をついた。
「……あたし、分かってるのよ」
「えっ?」
「言ったでしょ。あんたのことはだいたい分かるって」
 麗子は得意げに言ったが、すぐに俯いた。「と言うより、
あたしの今までの経験が分からせるって言うべきね」
「今までの経験?」
「……あたし、自分が世間で言う美人だってこと、分かってる
つもりよ。小さい頃からずっとそう言われてきたし、高校生の
頃はそれが快感だった。ほら、欧米人の中では東洋人は
どうしても地味な存在でしょ? だからブロンドの髪や青い
目の女の子たちの前で、みんながあたしを美人だって
褒めるのが気持ち良かったわ。でも、そのうち分かってきたの。
それって確かに褒め言葉ではあるけれど、結局のところ、
あたしという人間に対する評価はそれ以外には何もないって
ことが」
 麗子は情けなさそうに勝也を見た。
「要するに、お人形よ。男性誌のカバー・ガールと同じ」

 

 勝也は麗子が学生時代に何度となくモデルクラブや芸能
プロダクションの連中にスカウトされ、そのたびに 嫌悪感を
剥き出しにしていたのを思い出した。

「あたしが就職せずに大学に残ったのは、もちろん勉強を
続けたかったのが第一の理由だけど、あの歳で社会に
出たときに自分がどんな扱いを受けるかが分かってたから
っていうのもあるの。どうせ男の目を喜ばせる飾りもの、
受付嬢か、たいして忙しくもない役員秘書ってとこね。
いくらあたしが拒んでも無駄だろうって思ったわ」
 麗子は自嘲気味に笑った。「あんたも今、あたしの顔を
見たとき、何か文句の一つも言おうとしてた気持ちを失った
でしょ?」
「いや、そんなこと──」
「今までつきあってきた男、結局みんなそうだったわ。あたしと
一緒に生きようっていうよりも、一緒のテーブルに座らせて
周囲の注目を集めたいだけなの。あたし、そんなことには
もううんざりなのよ」
 麗子は訴えかけるように言うと顔を上げた。
「勝也、あんたは違う? さっき言ってたみたいに、自分が
本当に安心できる相手としてあたしを選んでくれた?」
「おまえ、俺のこと分かってるんやろ」勝也は穏やかに言った。
「ええ。ただし、今までの親友としてのあんただったらね」
と麗子は頷いた。「でも、恋愛の対象としてのあんたは
どうかしら」
「俺は容姿で女を選ぶような男やないよ。もしそうやとしたら、
おまえのことを何で九年間も放っとく?」
「勝也──」
「なんぼでもチャンスはあったはずや。いくら俺が優柔不断でも、
そこまで我慢はできひんよ。男やから」
 分かったわ、と麗子は微笑んだ。「それが一つ心配だったの」
「それにしても、人が聞いたら怒るような悩みやな」
「でしょ。誰に言ったって相手にされないわ」

 そこへ料理が運ばれてきた。ウェイターはセッティングの
間じゅう、麗子をちらちら見てばかりいた。その反面、勝也に
対しては極めて冷たい視線を向ける。あまりにも露骨な
違いだった。
 ウェイターが去ったあと、二人は思わず顔を見合わせて
笑った。
「──でしょ? 頭に来るわ」
「頭に来るのは俺の方や」勝也は灰皿を脇に寄せた。「俺が
何をしたって言うんや?」
「つまりこういうことなのよ」麗子はまた沈んだ表情になった。
「みんな、今のあんたみたいな気分にさせられて、あたしと
いることが嫌になるの。最初の動機が動機なだけに、周りの
視線が気になり始めるのね。羨望の視線だけじゃなくて、
妬みの視線が」
「俺は違うぞ」
「あんたのこと言ってるんじゃないのよ。今までがそうだった
ってこと」
「確かに、おまえが綺麗な顔してて良かったとは思うけど……」
 勝也はぼそぼそと言うと顔を上げた。「それ以上の感想は
今のところないな」
「もう見飽きたってとこね」
「おまえの方はどうなんや」
  今度は勝也が深刻な表情で訊いた。
「あたし?」
「俺のこと、まだ兄妹みたいに思ってるんやないのか」
 麗子は黙って首を傾げ、テーブルの料理をぼんやりと
見つめた。
「……やっぱりな。その方がええか」
「違うわ。誤解しないで」
「誤解?」
 勝也は片眉を上げて、いくぶん挑戦的な眼差しを向けた。
「ちょっと……何怒ってんのよ」逆に麗子は笑った。「落ち
着いてよ、刑事さん」
「からかうなよ」
「真澄のことが引っかかってるのよ」
「あ──」
「あたしの従姉よ。それこそ姉妹(きょうだい)みたいな」
「……うん」
「それにあたし、ついこのあいだ、しばらく男はお預けだって
決心したところなの」
「それを律儀に守ろうって言うんか? 修道院のシスター
みたいに」
「そうじゃないけど──そう簡単に気持ちが盛り上がると思う? 
もう恋愛なんてこりごりだとさえ思ってたんだもの」
 麗子はまるで女友達に愚痴をこぼすような言い方をした。
「俺にその気持ちを撤回させるだけの魅力はないってことや」
 勝也は自嘲気味に言って料理をつついた。「まあ確かに、
今までは兄妹やったんやからな」
「もう、いちいちひねくれないでよ」
 そう言った麗子を勝也は上目遣いで見た。麗子は呆れた
ように溜め息をつくと、声のトーンを落として言った。
「……兄妹とあんなに長いキスする?」
「そしたら──」
「もちろん、あんたが好きよ」麗子はまっすぐに勝也を見た。
「ただ、今言ったみたいなことがあるから、少し消極的な
気持ちになってることも確かよ。そこは長い目で見てくれない?」
「分かった」
「九年も遠回りしたんだもの。この際構わないでしょ?」
「そう考えるようにするよ」
 二人はそれぞれにほっと溜め息をつき、しばらくは食事を
進めた。やがてそれも終わり、ウェイターが食後の飲み物は
コーヒーか紅茶か、コーヒーを頼んだ勝也にはカプチーノか
エスプレッソかを訊ねて戻っていったあと、麗子が嬉しそうに
勝也を見つめて言った。
「ねえ」
「うん?」
「あたし──今日あんたと会うのに、初めて着る洋服に迷ったわ」
「そうか」
 勝也は照れ臭そうに微笑んだ。


目次 へ                                                                           
  I Can't Get Started ① 

 

 

拍手[0回]

PR

この記事へのコメント

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧できます
 

応援です

 麗子嬢の語る、あたし──今日あんたと会うのに、初めて着る洋服に迷ったわ」という台詞、自然ですけれど私は思い浮かばなかった。最大級の愛情表現。これぞ女性視点!。
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2009/09/21 (07:12) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

いつもありがとうございます。

素直に「会いたかった」と言えない、シャイなところも手伝って・・・
女性(麗子)のちょっとした可愛らしさを感じて頂けたでしょうか?

ありがとうございました。
  • from みはる :
  • 2009/09/21 (13:15)

カレンダー

11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カウンター

ビジター

最新コメント

[05/19 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[06/24 奄美 剣星  (旧称/狼皮のスイーツマン)]
[05/02 maki]
[10/11 かなる]
[08/18 狼皮のスイーツマン]

お知らせ

日々の暮らしに追われ、長期に渡り記事の更新が滞っている状態です。申し訳ありません。



「佳日の紫丁香花 (ライラック) 〜For Your Splended Wedding〜」完結しました。

★Web拍手ボタンを各記事の下部に設定し直しました。ホメてやろう!という方はクリックお願いします。

縦書きでも読めます




Amazonでましゃ

rakuten

プロフィール

HN:
みはる
性別:
女性
趣味:
映画、読書、福山雅治
自己紹介:
好きな作家 
Ed McBain
Pete Hamill
宮部みゆき 
高村薫 
東野圭吾

好きな役者 
ブラピ 
佐藤浩市

好きなオトコ
福山雅治
        

Nicotto Town

バーコード

Copyright ©  -- およそ【文学】とは言い難いけれど。 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]