忍者ブログ

およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

~ Ⅱ.How Long Does This Been Going On ? ① ~ 

Ⅱ.How Long Does This Been Going On ?  

 
 雨は朝、勝也が出勤してきた頃には上がっていた。
 アパートのある東三国(ひがしみくに)から満員地獄の地下鉄
御堂筋(みどうすじ)線で淀屋橋(よどやばし)まで来る。地上へ
出て中之島(なかのしま)を北へ渡り、ゆるゆると流れる
堂島川(どうじまがわ)の流れを見ながら派出所の角を右へ折れ、
苛立たしげなエンジン音で溢れる阪神(はんしん)高速の高架を
頭上に東へと行く。
 独特の威圧感を感じさせる裁判所の前を過ぎ、やがて鉾流
橋(ほこながしばし)の北詰にぽつりと立つ石の鳥居をとらえると、
勝也はその向かいの古ぼけた五階建ての建物へと入って
いくのだった。
 大阪府西天満(にしてんま)警察署、そこが二年前からの彼の
仕事場だった。

 出勤すると彼はまず、一階の右手奥にある拳銃の保管場所へ
行って自分の拳銃を受け取る。そして大きな荷物や着替えの
必要のある場合はそのまま今度は左手奥のロッカー・ルーム
へと足を運ぶのだが、今朝はそうはしなかった。あと一週間
以内に片付けなければならない大嫌いなデスク・ワークが
たっぷりと残っていたし、おまけに相棒は二十八日までは
出勤してこない。彼は時間を無駄にはできなかった。
 それに今日は、昼休みに麗子との約束が入っている。それに
少しでも多くの時間を割くためには、早く刑事部屋に上がって
デスクに向かわなければならなかった。

 まだ引きずる足をかばいながら階段を上がり、廊下を進んだ
勝也は、廊下との壁の仕切りのない刑事課の前まで来ると、
腰のあたりまでしかない間仕切り戸を開けて中へ入った。
 同僚に挨拶しながら書類キャビネットとデスクのあいだを通り、
自分の席に着いた。ふうっと一息ついて、彼にしてはめずらしく
あらたまったキャメル・カラーのラム混ウールのジャケットを
脱いで椅子の背に掛け、これもまた見馴れないオレンジ色の
ボタンダウンシャツのポケットからセブンスターとライターを
取りだしてデスクに置いた。

「──鍋島、ちょっとは進んだか?」
 係長の高野(たかの)警部補が声を掛けてきた。
「いいえ、全然」勝也は平然と言って肩をすくめた。
「相変わらず呑気やな、おまえは」
「そうでもないつもりなんですけどね。どうもこういうのが苦手で」
「おまえ……民間に行かんで良かったな」高野は苦笑した。
「でしょうね」と勝也も笑った。「府警も、俺みたいなのには
秘書をつけてくれるくらいの予算って残ってないもんですかね」
「課長が聞いたら怒るぞ」
「せやかて、これだけ未処理の報告書が溜まってるってことは、
それだけ外であくせくやってるってことの裏付けでしょ?」
「ただ溜めてるだけやろ。他の連中は普段からせっせと
書いてるから溜まらへんのや」
「まあね」勝也はにやりと笑って頷いた。
 煙草を一本抜き取って口の端っこに挟み、火を点けた。
デスクにライターを放り出し、腕時計を覗く。九時ちょうどだった。
 早く昼にならへんかな、と思った。


 窓のないシンプルな煉瓦造りの美術館の前で、麗子は
木枯らしの中もう二十分も待たされていた。
 襟の広く開いたサーモン・ピンクのロングジャケットは同種の
ベルトでウエストを絞り、その裾からオレンジ系の花柄プリントの
丈の短いフレアスカートを覗かせていた。見事な脚線美で、
足もとは茶色のスエードパンプス。同系色のボックス型の
バッグを提げている。コートは着ていなかった。
 緩いウェーヴの髪を肩のあたりまで伸ばし、小さな楕円形の
顔を包み込んでいた。
 ブラウン系のメイクを施したシャープな瞳、はっきりと意志を
持った眉。バランスの良い高さに伸びた鼻は、整った顔の
部品の中でも一番の出来と言えるだろう。そして全体に漂う
知性は、大学講師という職業のせいであり、本人が持って
生まれた「当たり前の」資質でもあったのだ。

 今後一切戸外での待ち合わせはやめよう、と麗子は
痛感した。相手を考えると、最初にそう思いつくべきだった。
勝也一人と待ち合わせるのは久しぶりだったので、迂闊にも
彼が時間に頓着しない性格なのを忘れてしまっていたのだ。
しかも彼は携帯電話を持っていない。最悪だった。
 麗子はよほど、橋を渡って西天満署に乗り込んで行って
やろうかと思ったが、彼の職業を考えた場合、連絡もできない
ほど緊急の仕事が入るのもありうることだったので、我慢して
もう少し待つことにした。
 我慢しながら、勝也のやつ、来たらただじゃおかないから、
と真剣に思っていた。

 緩やかな坂になった橋を勝也が歩いてきた。ジャケットの
ポケットに両手を突っ込み、寒そうに肩を縮めて俯いている。
深いグリーンに細いラインの入ったマフラーをジャケットの
中に引っかけていた。
 そして、まだ右足を引きずっているその姿を見たとき、
麗子は少し胸が熱くなるのを感じた。彼を見てそんな風に
なるのは、このときが初めてだった。

 橋を渡り切ったところの横断歩道の前で勝也は立ち止まった。
顔を上げ、向かい側の舗道に立っている麗子を見つけると
微かに口許を緩めた。
 丸い二重の目は少し反抗的で、その上の頑固そうな眉と良く
釣り合っていた。
 筋の通った鼻と堅く閉じた唇がいかにもきかん気が強そうに
見える。
 子供の頃のやんちゃぶりがまだ抜けきっていないようで、
165cmの身長も手伝って、とてもではないが二日前に
二十九歳になったようには見えなかった。
 信号が青になるのを確認すると、勝也はまるで急ぐ様子も
なくゆっくりと渡ってきた。何も言わずにただじっと麗子を
見つめ、五メートルほど手前まで来て徐々に歩調を落とす。
やがて立ち止まるとわざとらしく左腕の袖口を引き上げ、
腕時計を覗いて「あれま」と言って麗子を見た。
「何があれま、よ」
 麗子はむっとして腕を組んだ。「なにその時計? お菓子の
おまけ?」
「今さら怒るなよ」勝也は平然と言った。
 麗子は溜め息をついた。しかしそこで突然、自分たちが
ただの友達でなくなり始めていることを思い出し、顔が赤く
なるのを感じて俯いた。
「で……どうする?」
 勝也も同じ気持ちなのか、忙しそうにあたりを見回しながら
言った。
「淀屋橋か、北浜(きたはま)か」
「梅田(うめだ)にしない?」
 麗子は勝也から視線を外したままで言った。「少し歩きたい
から。あんたのその足には悪いけど」
「ええよ」
 二人はゆっくりと歩き始めた。横断歩道を渡り、中央公会堂の
そばを通って河沿いの道を西へ向かった。
 二人は自然と遠慮がちに離れて並んだ。これまでにもこうして
並んで歩くことは何度もあったが、気持ちの上では明らかに
今までとは違っていた。 
 お互い、何を言ったらいいのか、まるで考えあぐねていた。

「……びっくりしたわ」
 ようやく麗子が口を開いた。
「そうやろな」
「いつからなの?」
 勝也は小さく首を傾げ、足下を見て溜め息をついた。
「分からん」
「頼りないのね」
「気がついたのはおとといや。真澄には分かってたらしい
けど」
「まったく──呆れちゃうわ」麗子は首を振った。「あんた
だけじゃなくて、自分にも」
「おまえとのことは、昔からいろんなやつに言われてたけど
──自分では絶対にないと思てたからな」
「そうよね。あんたの彼女は学校が違ってたし、普段学内で
一緒にいる女子って言えばあたしだったから」
 麗子は言うとすっと穏やかな表情を浮かべた。「お互い、
あまりにも近すぎたのね」
「そうやな」
「兄妹みたいに思ってたわ。一人っ子で、きょうだいって
ものがどんなのかも知らないくせに」
 麗子は懐かしそうな目をした。「……そう。知り合ってまだ
間もない頃から、あんたが何を考えてるのか、顔を見た
だけですぐに分かった。その時々で、あんたの気持ちや
言いたいことを──自分と同じくらい理解してたわ。だから、
あたしたちはきっと兄妹として生まれてくるはずだったんじゃ
ないかなんて思うようになって。一度そんな風に思うと、
もう女としての感情はどこかへ追いやっちゃったのね」
「安住できると思たんや」勝也は言った。「俺にはそういう
相手が必要やから」
「そうよね。それもよく分かるわ」と麗子は笑った。「さすがに
その相手があたしだとは思いつかなかったけど」
「せやから真澄の気持ちを考えたとき、あいつに対しては
何の不足もなかったのに、どうしても応えることができひん
かった」
「真澄だって、あたしと同じくらい長くあんたとつき合ってれば
そうなるとは思うけど」
「そうかな」と勝也は首を捻った。「あいつとももう三年やぞ」
「まあね。時間でもないってわけね」

 そこへ、正面から自転車に乗った制服警官が少し蛇行
しながらこちらへ向かって近づいてきた。
「あ、巡査部長」
 警官は勝也を確認したらしく、ペダルを漕ぐスピードを上げた。
「……ちっ」勝也は小さく舌打ちした。
 二十代前半のその警官は、二人の前まで来るとペダルから
片足を下ろして止まり、勝也に向かって軽く敬礼した。
「巡査部長、確か今日は宿直明けではないですよね?」
「……ええから、行ってくれ」
「はあ……」
 警官は言うと勝也の隣にいる麗子に視線を移し、驚いた
ように何度も瞬きした。明らかに麗子の美しさに目を
奪われているのが分かった。そして勝也に振り返ると、
(この人は?)と目で問い掛けた。
「ああ、重要参考人」勝也は平然と言った。
「ええ? 嘘でしょ?」
「ほんまや。結婚詐欺の常習犯。俺も今、口説かれてたとこ」
「あんたを騙したところで、いったいいくらの儲けになるって
わけ?」
 麗子はむっとして勝也を睨むと、警官に向き直ってにっこり
微笑んだ。
「ねえ?」
「え、ええ……」警官はでれっと笑った。
「ええから、行ってくれよ。俺は昼休みなんやから」
 勝也は面白くなさそうだった。
「あ、はい、じゃあ──」
 警官はまた敬礼すると、麗子に振り返って愛想良く一礼し、
再び自転車を漕いで去っていった。
「巡査部長だって」
 麗子はからかうような眼差しで勝也を眺めた。
「そうや」
「やっぱり警察官なのね」
「なに言うてんねん、今頃」
「じゃあ、何か事件があったら呼び出されるってこと?」
「まあな」勝也は言うと麗子を見た。「不思議か?」
「不思議って言うか──」麗子はゆっくりと言うと何か思い
ついたように笑って首を振った。「そう、それこそ詐欺みたい」
「かもなぁ」
 勝也もまんざらでもなさそうに笑った。

 

目次 へ                                           
How Long Does This Been Going On ? ② 

 

 

拍手[0回]

PR

この記事へのコメント

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧できます
 

無題

いやらしくない程度に
大人モードな恋の盛り上げ方
いいです。
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2009/09/20 (09:49) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

こんばんは。いつもありがとうございます。

さてこの二人、上手い具合に「大人の恋・完成」と行きますかどうか。
今しばらく見守ってやってください。
  • from みはる :
  • 2009/09/21 (00:04)

カレンダー

09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カウンター

ビジター

最新コメント

[05/19 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[06/24 奄美 剣星  (旧称/狼皮のスイーツマン)]
[05/02 maki]
[10/11 かなる]
[08/18 狼皮のスイーツマン]

お知らせ

日々の暮らしに追われ、長期に渡り記事の更新が滞っている状態です。申し訳ありません。



「佳日の紫丁香花 (ライラック) 〜For Your Splended Wedding〜」完結しました。

★Web拍手ボタンを各記事の下部に設定し直しました。ホメてやろう!という方はクリックお願いします。

縦書きでも読めます




Amazonでましゃ

rakuten

プロフィール

HN:
みはる
性別:
女性
趣味:
映画、読書、福山雅治
自己紹介:
好きな作家 
Ed McBain
Pete Hamill
宮部みゆき 
高村薫 
東野圭吾

好きな役者 
ブラピ 
佐藤浩市

好きなオトコ
福山雅治
        

Nicotto Town

バーコード

Copyright ©  -- およそ【文学】とは言い難いけれど。 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]