忍者ブログ

およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

~ 第四章  2(後) ~


「違いますよ」鍋島はあっさりと否定した。「彼女がそう言うたんですか?」
「いいえ、でも──」
「じゃあ何か根拠でも?」
 鍋島はわざと素っ気なく訊いて煙草を咥えた。しかし、本音ではなぜ
分かったのか知りたくて仕方がなかった。
「彼女とつき合うようになって三ヶ月ほど経った頃です。三上さんと
初めてお会いしたのは」
 そうやったんか、と鍋島は思った。麗子はそんなことひとことも
言わへんかったな。
「三上さんと会うたび、真澄さんは彼女に訊くんです。あなたとの仲は
うまくいっているかとか、喧嘩は駄目やとか──とにかく、あなた方を
その……気に掛けているという感じの言葉です。とりわけ鍋島さん、
とてもあなたのことを気にしている」
「俺と麗子とは、長い間ただの友達でしたから。しかも、会うと
しょっちゅう喧嘩ばかりで。真澄──野々村さんはそういうことを
よく知っていますから。きっと心配してくれてるんですよ」
 鍋島は何とか言い繕おうとした。
「それだけでしょうか?」と中大路は言った。「それやったら、何で
三上さんはあなたとのことを真澄さんに話したがらないんでしょう?」
「さあ。その場に居合わせてないんで、何とも言えませんけど」
 そう言いながらも、鍋島は中大路の勘の鋭さに驚かされていた。
そしてこの男を刑事にして取り調べでもさせたら、結構うまくやれる
んじゃないかと無意味なことを考えたりもした。
「──三上さん、真澄さんに遠慮してるって感じでした」
 中大路は言ってまた鍋島をじっと見た。
「照れ臭いんでしょう。今までさんざん憎まれ口を言い合ってた相手と、
結局つき合うてるんで」
 内心ドキドキしながらも、鍋島は何でもなさそうに言って肩をすくめた。 

──取調中の容疑者の心境。今、目の前にいるのが中大路でなくて
芹沢だったら、きっと芹沢は自分の顔を見て不敵に笑い、こう言う
だろう。「その面(ツラ)はそうですって言ってるぜ」と。

「じゃあ、やっぱり僕の思い過ごしだと?」中大路は言った。
「そうなんじゃないですか」と鍋島は頷いた。「その──もしも野々村
さんにまだ忘れられない相手がいたとしても、それは俺やないです。
確かに、あなたがそう思われるのも分かります。俺は四年近く前から
彼女を知ってるし、麗子がドイツに留学している間もよく彼女と
会いました。けど、二人きりで会うなんてことはなかったですよ」
 そうですか、と中大路はようやく白い歯を見せてにっこりと笑ったが、
頼りなげな表情は残して言った。
「どうか、お気を悪くなさらないでください。馬鹿で気弱な男の
妬きもちやと思って」
 いいんですよ、と鍋島も笑った。
「──でも、俺に会うてどうなさろうと?」
「実は先日、三上さんにこの事情を話したんです。そうしたら、
どうしても心配なら直接あなたに会って確かめればいいと
おっしゃったものですから……こうして、のこのこと」
 鍋島は小さく頷いた。下手な小細工の嫌いな麗子らしい
言い方だと思った。
「やっぱり、気になるもんですよ。自分の勝手な思い込みにしろ、
一度そんな不安を抱いてしまうともう消すことができない。彼女が
忘れられないほど好きやった相手はどんな男なのか、自分と比べて
どこがどう違うのかって……年甲斐もなく、ティーンエージャーの
小僧のように」
「俺を見たら安心なさったでしょう。ああなんや、こいつではない
なって」鍋島は笑いながら言った。
「いえ、逆にやっぱりあなたなんやないかって思いました」
 中大路は大真面目だった。まだ疑いを持っているようだ。

──俺は絶対に犯罪を犯すのはやめとこう。こんな素人にまで
嘘を見抜かれるやなんて、これではとてもやないがプロの刑事には
太刀打ちできそうにもない。

 鍋島は俯いて溜め息を漏らした。そして、それでもどうにかして
切り抜けようと顔を上げた。
「中大路さん。考えてもみてくださいよ。万が一、仮の話ですよ。
真澄……野々村さんが俺のことを想ってくれてたんやとしても、
俺みたいな男が彼女に相応しいと思いますか? 俺のこの格好、
そしてこの顔を見てください。昨日、レスラーみたいな男としたくもない
鬼ごっこをして、挙げ句にそいつの汚い靴の踵で顎を蹴飛ばされた
んです。昨日一日、口の中は血の味しかしませんでした。仕事とは
いえ、こんな傷を毎日のように身体のどっかに作ってる」
 そこで鍋島は声のトーンをぐっと落とした。「……おまけに、この
パーカーの下には、ほんの一センチも指を動かせば人を殺せる
道具を持ってるんですよ」
「仕事と人格は別でしょう。だいいち、警察官の方がいらっしゃら
なかったら我々は安心して暮らせません。立派なご職業です」
「本当にそう思いますか? 警察官のことを聖職者なんて言うた
時代もあったけど、もう大昔の話です。さっき署から出てくるとき、
玄関の階段とのところで捜査員に抱えられて上がってくる男と
すれ違ったでしょう。あいつはタイやフィリピンの女を専門に売春の
斡旋をする──要するにポン引きです。覚醒剤やら性病やらに
身体を蝕まれて、明日にでも死んでしもてもおかしくない女を
日本人の男に抱かせて、その女から金を巻き上げるクソ野郎ですよ。
俺は毎日あんな連中を相手にアホな猿芝居をやってる。その
あいだにそいつらから唾を吐き掛けられることもしょっちゅうなんです」
「はあ……」
「それでも絶対に人格に影響はないって言い切れますか? こんな
仕事をやってて、いつまでも聖人のように清らかな心を持ち続けられる
って、本当にそんなことができると思いますか?」
 鍋島は訴えかけるように言った。「正直、俺には自信がないですね。
野々村さんにも、そんな俺が我慢できるはずありませんよ」
「──三上さんなら、我慢できると?」
「ええ。あいつは、今さっきあなたもおっしゃったように、俺と俺の仕事を
切り離して考えることができるんです。警察官になる前からの俺を
知ってますから」
 鍋島は確信に満ちた表情で言った。「もっと根本的なところで俺を
選んだんです」
「……分かりました。あなたがそこまでおっしゃるなら、僕もそれで
納得することにします」
「お願いします」

 二人は氷の溶けたアイスコーヒーを飲んだ。鍋島は新しい煙草に
火を点け、一服吸い込むと長い煙を吐いた。
「──中大路さんのお仕事は何ですか?」
「家具やインテリア雑貨の輸入業です。まだ親から引き継いで間が
ありませんが」
「へえ、若旦那なんや」
 そんなお上品な商売のお坊ちゃんにこっちの仕事を云々言われてた
のかと、鍋島はちょっと腹立たしく、そしてアホらしくなって密かに
苦笑した。
「ところで鍋島さん、お歳は──」
「今年で三十です」
「えっ? 本当ですか?」中大路は驚いて身を乗り出した。「もっと
お若いのかと……」
「よく言われます」と、今度は素直に笑った。
「ほな、僕と同じなんですね。何月ですか?」
「十二月です」
「や、僕もですよ。何日です?」
「二十四日」
 こんなことでも夢中で話せるところが真澄とよく似ているなと思い
ながら、鍋島は素っ気なく答えた。それから、西端千鶴はどうやって
あのペンダントを手に入れたのだろうかと考えた。
「僕は二十五日なんです。一日違いか……へえ、奇遇やなあ」
 奇遇やなくて皮肉って言うた方がええかもな。嬉しそうに微笑む
中大路を見ながら、鍋島は心の中で呟いた。


 
目次 へ                                        
第四章 3 

 

拍手[0回]

PR

この記事へのコメント

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧できます
 

中大路氏のこと

中大路氏。駄目だこの人、
まるで蛇のよう。
ストーカータイプでは? 
真澄嬢は、
一刻も早く逃れるべきだと
考える私です。(笑)
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2011/02/19 (10:47) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

あはは。確かに、そんな風にも映りますかね。
  • from みはる :
  • 2011/02/19 (22:01)

カレンダー

09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カウンター

ビジター

最新コメント

[05/19 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[06/24 奄美 剣星  (旧称/狼皮のスイーツマン)]
[05/02 maki]
[10/11 かなる]
[08/18 狼皮のスイーツマン]

お知らせ

日々の暮らしに追われ、長期に渡り記事の更新が滞っている状態です。申し訳ありません。



「佳日の紫丁香花 (ライラック) 〜For Your Splended Wedding〜」完結しました。

★Web拍手ボタンを各記事の下部に設定し直しました。ホメてやろう!という方はクリックお願いします。

縦書きでも読めます




Amazonでましゃ

rakuten

プロフィール

HN:
みはる
性別:
女性
趣味:
映画、読書、福山雅治
自己紹介:
好きな作家 
Ed McBain
Pete Hamill
宮部みゆき 
高村薫 
東野圭吾

好きな役者 
ブラピ 
佐藤浩市

好きなオトコ
福山雅治
        

Nicotto Town

バーコード

Copyright ©  -- およそ【文学】とは言い難いけれど。 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]