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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第六章  5(後) ~


 それから二人は美登利を自宅から一キロほど離れた学習塾へと
送っていった。
 裕福な家庭の子ではなかったが、彼女も受験生である。塾は
九時までで、そのあいだに二人は交替で食事を摂った。

 九時近くになって一条が車に戻り、二人は塾の入っている
ビルから美登利が出てくるのを待った。
「雨が降りそうよ」一条は言った。「さっき、雷が鳴ってたわ」
「……よく降りやがるな」
「当然よ、梅雨だもの」
 芹沢はちらりと一条に視線を向けると、ふんと鼻を鳴らして
前を見た。
「──どうやら終わったみたいだな」
 ビルの入口からは美登利と同じ年頃の少年少女が出てきた。
それぞれに談笑しながら、やがて二、三人のグループに分かれ、
歩いて駅へ向かったり、あるいは建物の裏手にある自転車
置き場から自転車を転がしてきて、乗りながらその場を去っていく。
どの顔にも受験勉強に追われているのだという悲壮感はなく、
むしろそれを愉しんでさえいるようだった。
「……近頃のガキは器用なんだな」
 芹沢は溜め息をついた。「それとも、諦めが良過ぎるのかね」
「普通なんでしょ、これが」
「一流校へ入ったら親は安心ってわけか」
「最後は一流の仕事に就いてもらって、自分たちの余生を
保障してもらおうって考えなのよ。国の社会保障制度があまりにも
頼りないから」
「甘いと思うぜ。あいつらが大人になった頃にゃ、親はどこかの
施設に送られてるのが関の山だ。ヘタすりゃ、それまでにかなり
衝撃的な方法で殺されてるかも知れねえ」
 そう言った芹沢に一条は振り返った。「何でもそうやって穿
(うが)って
見てしまうのね」
「刑事を三年もやってみな。おたくだってそうなるさ」
 芹沢は言うと腕時計を見た。「──九時だな。俺ちょっと鍋島に
連絡入れてくるよ。あいつ、九時までには母親と一緒にアパートに
戻ってるって言ってたし」
「携帯はどうしたの?」
「あいつに貸してあるのさ。あいつ、今どき持ってねえんだ」
「じゃ、あたしの携帯から掛ければ?」
 一条は言って、ジャケットのポケットから自分の携帯を取りだして
芹沢に渡した。
「いいよ」
「どうして?」
「……何となく、女の携帯使うのは気が引けるんだ」
「似合わないこと言うのね」と一条は笑った。「気にすること
ないわよ。仕事なんだから」
「いいよ。ちょうど近くに公衆電話があったから、そこ行ってくる」
「ま、勝手にすればいいけど」と一条は肩をすくめた。「ただし、
今度は早く帰ってくるのよ」
「分かってるよ」
 車を降りた芹沢は表通りへ出る方向へと走っていった。

 一条はビルの二階の窓を見上げた。教室と思われる部屋には
まだ明かりが点いていたが、玄関から出てくる子供たちはいなく
なっていた。彼女は首を傾げた。いったい、美登利は何をしているの
だろう。
「遅いわね──」
 そう呟くとドアを開け、車を降りた。
 一条はビルに近づいた。玄関の階段を上がり、出入口を覗いた。
静かなフロアには人影はなく、その先にある階段から誰かが
下りてくる気配もなかった。彼女は再び表に出た。
 
 女刑事が外の通りに出たのを確認して、ゆっくりと立ち上がった。
壁にぴったりと背をつけ、足音を立てないように廊下を進む。
 階段の前に来ると、その上を見上げた。
 
 外では雨が降り出していた。天を仰いだ一条の頬に落ちてくる
滴は、意外にひんやりとしていた。そのままさっきの窓を見上げると、
まだ明かりは点いてはいたが、人のいる様子はうかがえなかった。
 一条は裏の自転車置き場にまわった。

「──う……!」

 誰かに後ろから口を塞がれ、一条はバランスを崩した。さらに
羽交い締めにされた彼女は必死でもがいたが、相手の力の方が
はるかに強く、まるで歯が立たなかった。それでもようやく右手を
振り解いて上着の懐から拳銃を抜いたが、見計らったように
叩き落とされた。軽量の銃は雨に濡れたアスファルトを滑り、
並んだ自転車の下へと消えていった。
 口を塞がれたままの一条は、息苦しさに身悶えながら力任せに
腕を振り、相手の脇腹に肘鉄を食らわせた。
「うぐっ……!」
 女だ、と一条は思った。若くはない。四、五十くらいの中年の女。
三人の女性の身体にあれだけ無惨に刃(やいば)を突き立て、
しかも約束したように右の太股をえぐっておく。あんなひどいことが
できるのは頭のおかしい男に違いないと、彼女は勝手に思い込んで
いた。それが何と、犯人は意外にも女だったのだ。

 そして今、その獣のような女は今度は彼女を獲物にしようと
しているのだ。

 頭上で何かが光った。一瞬、一条はそれが稲妻だと思った。
 しかしそれは夜空のどこかで光ったのではなく、自転車置き場の
街灯を反射する、鋭く尖った登山ナイフだったのだ。
 殺されるのはいやだ、と一条は思った。振り下ろされるナイフを
頬のぎりぎりのところでかわし、同時にその腕を右手で掴む。
相手の力が数倍強かったが、今の彼女もかなりの力を振り絞って
いた。こういうのを『火事場の馬鹿力』と言うのだろうと、とても
こんなときに考えている場合ではないことが頭に浮かんだ。
 つまり彼女は、そのくらい冷静だったのだ。それに今度は、
この前工藤達彦を取り逃がしたときのような恐怖感もなかった。
 それよりも、この女を絶対に逮捕してやるのだという思いだけが
全身を動かしているのだと言っても良かった。依然として口を
塞がれながらも、彼女は必死で応戦した。
 一条はヒールで女の足を踏みつけた。女は足を引っ込め、
その拍子に少しふらついた。けれどもすぐにバランスを取り戻すと、
怒り狂ったようにナイフを持つ手を振り回した。
 ナイフを避け、一条は顔を左右に揺らした。女は彼女を突き
飛ばし、彼女は足を滑らせて地面にうつ伏せに倒れた。素早く
女に向き直ったが、女は彼女の腰の上に馬乗りになり、外灯の
真下でナイフを振り上げた。
  真っ黒のシルエットが、彼女に覆い被さってきた。
 これで駄目だ、と思った。反射的に目を閉じ、唇を噛んだ。

「──そこまでだ」
 芹沢の声だった。

 一条は目を開けた。芹沢が女の背後にぴったりと張りついて
ひざまづき、その後頭部に拳銃を突きつけていた。
「一ミリでも動いてみろ。そのイカれた頭を吹っ飛ばしてやる」
 そう言った芹沢の、銃を持つ指がゆっくりと撃鉄を起こした。
 そして抵抗の気配のない女の手からナイフを抜き取ると、
足下に落として女の腕を背中に回した。
「大丈夫か」芹沢は一条に言った。
「……ええ」
 一条は呆然と答えた。全身の力が抜け、急に腰が重く感じられた。
 女は芹沢に引きずられるようにして一条から離れ、そのまま
ぺたんと座り込んだ。
 芹沢は拳銃を収め、女に手錠を掛けた。
「殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 その言葉を聞いた瞬間、一条に恐怖が襲ってきた。膝が震え、
肩が震え、唇が震えた。胸が熱くなり、みるみるうちに涙が溢れた。

「……もう……駄目だと思った……ここで死ぬんだ……って」
 そう言うと一気に涙がこぼれた。青ざめた頬を伝い、激しくなった
雨の滴とともに顎から流れ落ちた。涙と雨でくしゃくしゃになった
顔で、彼女は芹沢を見上げた。
「……怖かった。けど、必ずあなたが来てくれるって信じてた」
 芹沢は穏やかな眼差しで彼女を見つめた。
「……独りにさせて悪かったよ」
 そして犯人の手首に掛かった手錠を持ったまま、空いた手で
彼女を抱き寄せた。
「よく頑張ったな」
 芹沢の言葉に、一条は声を上げて泣いた。

 
 二人が犯人を車まで連行してくると、その前で美登利がぽつんと
突っ立っていた。雨に打たれ、口を半開きにしてこちらを見つめて
いる。リュック型の鞄がアスファルトの上でぐっしょりと濡れていた。

「美登利ちゃん……!」
 一条が駆け寄った。「……ごめんね、中で待っててくれれば
良かったのに」
「……捕まったの?」
 美登利は犯人を見て言った。
「ああ、もう安心していいぜ」芹沢が答えた。
 しかし美登利は犯人をじっと見つめたままだった。そして、
やがてゆっくりと足を踏み出すと、その女の前に立ちはだかった。
 その顔は、彼女がこの三日間で刑事たちに見せたことのない、
十五歳の少女とは思えない凄みが感じられた。見つめられた
犯人の女も思わず顔を背けてしまうほどだった。
「美登利ちゃ──」
 呼びかけた一条の手を振り払うと、美登利は女に言った。

「──最後の最後でドジ踏みやがって。どうしてくれんのさ」

 芹沢も一条も、このときばかりは我が耳を疑った。 




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