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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第六章  4 ~

  
      4
 
 
 萩原も、とうとう自分の思うとおりの行動に出ることにした。
 とはいえ彼の場合、元はといえばそういう奔放な性格だったの
だから、本来の自分に戻ったというだけのことだった。
 もう自分を押し殺すのはやめだ。だいいち、望んで出世した
わけやない。
 しかし、大手都市銀行という大企業に身を置く彼にとって、
それがどんな結果をもたらすかは彼自身も知らないわけでは
なかった。
 ──要するに、戦線離脱だ。

 その日、萩原が智子の訪問を受けたのは、閉店間近の
午後二時五十分だった。
「──ええ加減、うんざりしてるでしょう?」
 智子は俯いたまま言った。
「そんなことはないよ」
 萩原は意識して平然と言った。
 智子とああいうことがあったあと、彼は次に彼女と会うときに
どんな顔をすればいいのか、ずっと迷っていた。
 それが今日、思いもよらず突然やって来たものだから、少し
動揺していたのだ。しかし彼はそれを彼女に悟られまいとして、
極力平静を保とうとした。そしてそれは、あの夜のことにこれ以上の
重い意味を持たせないためでもあった。
「あの、あたし──」
 智子が言った。少しでも沈黙ができるのを恐れているのが
よく分かった。
「もう何も言うことはないよ」と萩原が言った。「俺が悪かったん
やから」
「違うの。あたし、萩原くんに謝りたくて」
「何で?」
「だって……あたしが電話なんかしたばっかりに──」
「そんなことないって。最終的には俺自身の意志が働いてた
ことなんやから」
 智子は何も言わなかった。彼女にもまだ気持ちの整理が
できていないものと思われた。
「ご主人の顔を見るのは辛いと思うけど、その辛さが自分たちの
やったことを後悔させてくれるのと違うかな」
「そうね」
「俺も、しばらく美雪に逢うのをやめるよ」
「駄目よ、そんな」と智子は顔を上げた。「それとはまた話が別よ」
「別かも知れんよ。でも結局のところ、何の問題もないきみの
家庭の邪魔をしてるのは、俺の存在そのものやろ?」
「でも、美雪が……」
「……あの娘には、とことん身勝手な父親やと思われても仕方が
ないけど、この際その方があっさり俺から離れられるんやないか
とも思うし」
「萩原くん──」
「な? 俺もきみも、ええ加減にお互いを過去の人間にしてしまう
べきなんや」
「そうなのよね」
 智子は言った。そして昔と少しも変わることのない、濡れたように
輝く大きな瞳で萩原をじっと見つめると、自分にも言い聞かせる
ようなしっかりとした口調で言った。
「ただ、これだけは信じておいてね。あのときのあたしの気持ちに、
何の迷いもなかったってこと。主人への不満があったわけでも、
子育ての疲れからあなたに逃げ込んだわけでもなく、ただあなたに
会いたいと思って、あなたと一緒やった頃の自分に戻りたくて、
それであなたに電話をしたんやってこと。本当にその気持ち
だけやったのよ」
「……ああ、信じるよ」
 三時を回り、二階のフロアに残っていた客もいなくなった。萩原は
智子を階段のところまで見送った。
 振り返った智子に萩原は言った。
「美雪の誕生日には、何か買って送るよ」
 智子は少し淋しそうな笑顔で頷いた。
「──じゃあ、俺はここで」
「ええ」
「ご主人と幸せにな」
「……ありがとう」
「さよなら」
「さよなら」
 智子はゆっくりと階段を下りていった。その後ろ姿を、萩原は
惜しむように見送った。

 一階のフロアに下り立った智子と入れ違いに、米倉が上がって
きた。
 立ち去る智子をじっと見つめると、その視線を階段の上の
萩原に移し、陰険な目つきに不適な笑みをたたえて一段一段、
ゆっくりと上がってくる。萩原は内心、突き落としてやりたいと
思った。
「何や萩原。閉店前の忙しいときに、私用で美人とお喋りとは
ええ身分やな」
「申し訳ありません」萩原は素っ気なく言って戻ろうとした。
「おい、待てよ」
 米倉は声を上げ、急いで階段を上がってきた。萩原は立ち
止まるとゆっくり振り返り、米倉をじっと見据えた。
「何か?」
「何かやないやろ。おまえのその態度こそ何や」
「特に意味はありませんよ。だいたい、何でいちいち米倉さんに
説明しないといけないんですか?」
「貴様……」
 米倉の締まりのない全身に怒りが駆けめぐっているのが
よく分かった。肩から指先までを小刻みに震わせ、丸い顔を
真っ赤にしている。口許にも震えが伝わり、何とか言って
やりたいのだが、腹立たしさに邪魔されてそれもままならないと
いった感じだった。
「何かと因縁をつけてくるなんて、あまり性質のいいやり方だとは
思えませんね」
 萩原はそう言い捨てて、自分の席に戻ろうとした。
「待てよ、この野郎」米倉は萩原の肩を掴んだ。

 その瞬間、萩原は振り返って米倉の顔を思い切り殴った。

 米倉は大きく反り返り、バランスを崩したかと思うとフロアに
思い切り背中を打ちつけて倒れ込んだ。
「きゃっ……!」
 それまで黙って様子を伺っていた女子行員たちが思わず叫んだ。
 その声で、フロアの一番奥のデスクで仕事をしていた課長も
顔を上げた。
 電話中だった山本が受話器を置いて、素早くカウンターを
乗り越えてきた。
「おい、萩原!」
「──おまえなんかに、いちいち文句いわれる筋合いはないんや」
 無様な格好で床に伸びる米倉を睨みつけて萩原が言った。
「負け惜しみの先輩面が、みっともなくてむかつくぜ」
「萩原、やめとけ」山本が腕を掴んだ。「……もうええやろ」
「……ああ」萩原はぼんやりと山本に振り返った。「いつも悪いな」
 そして彼はゆっくりと自分のデスクに向かって歩き出した。
女子行員や課長が唖然とした顔で見守る中、彼は席に着いた。
 後ろで誰かが米倉に声を掛けていた。それで米倉はまた何か
わめきだしたが、萩原は気にも留めずに煙草に火を点け、仕事に
戻った。

 煙を吐きながら、萩原は何とも言えない爽快さを感じていた。
 同時に彼はこのとき、今の自分を取り巻くすべての状況から
解放されたことを確信したのだった。




 
 味気のない着信音が鳴って、メールが受信された。
「──二日後、午後九時、塾の終了後。あの小娘を殺れ。
万事抜かりなく遂行後、今度は連絡無用──。」
 了解、と独り言を言って、ボタンを押した。
 台所へ行って、引き出しから新聞紙に包んだナイフを取りだした。
 もう最初のときほど怖くはなかった。




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第六章 5(前) へ


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