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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第三章  5(後) ~


  壁のあちこちにひびの入ったコンクリート造りのトイレに一歩足を
踏み入れた瞬間、鍋島と芹沢はあたりの惨状に目を奪われた。
 トイレには男女の区別はなく、三坪ほどの広さに個室と男性用
便器が三つあり、入口の脇には小さな洗面台が備え付けてあった。
その上の鏡は右上の一角が割れていて、汚れでほとんど何も
映せない状態だった。

 そして今、このトイレの中はあちこちが血に染められていた。床は
もちろん、側壁、個室のドア、洗面台から挙げ句には天井にまで
血痕が飛んでいる。悪戯好きの誰かが赤い絵の具をまき散らしたのだ
と言っても通りそうだ。──この血の匂いさえなければ。
「うわ……凄いな」
 鍋島がぽかんと口を開けて周りを見渡した。
「必死で逃げ回ったんだぜ、きっと」
 芹沢は表情を変えずに言った。芹沢ほどどんな死体を見ても冷静で
いられる刑事は、西天満署には他に見当たらなかった。なぜなら、
彼が生まれて初めて殺人の被害者という者を目の前で見たときの
ショックと比較すると、他のどんな死体も彼にとっては対して酷いとは
思えなかったからだ。
 最初に見た死体は、十九歳の少女だった。覚醒剤中毒で錯乱状態に
陥った男にナイフでメッタ刺しにされ、身体のあらゆるところから鮮血を
吹き出して目をむいて仰臥(ぎょうが)していた──そう、山蔭留美子と
同じだ。
 それを目の当たりにしたときの衝撃と恐怖、そして狂わんばかりの
哀しみから比べれば、それ以降に見た死体は彼にとってはもはや
人間ではなく、仕事上必然的に遭遇する物体とさえ受け止めて
しまえるのだった。

 被害者の女性は個室から半分だけ身体を出し、うつ伏せで倒れて
いた。茶色の長い髪がバラバラに乱れて広がり、血で固まっていた。
セーラーカラーの白いブラウスは背中を何度も切りつけられ、やはり
赤く染まっている。身体の下にも赤い絨毯のように広がっていた。

 外へ出て、鑑識活動の行われている背後を振り返りながら鍋島が
言った。
「同じやつの仕業やと思うか」
「多分な。背中と胸、そしてたぶん足にも──やり方が同じだ」
「目の前に交番があるって言うのに、たいした度胸やな」
「ブン屋の格好の餌食だぜ」
 そこへ、一人の若い制服警官が近づいてきた。着ている制服はまだ
真新しく、しかも二人には見覚えのない顔だったので、おそらく
赴任して間もない新米巡査だと思われた。
 巡査は二人の前まで来ると、綺麗な敬礼をして言った。
「ご苦労さまです。天満派出所の堀内(ほりうち)です」
「あ、ご苦労さん」鍋島が答えた。「犯行には気づかへんかった?」
「申し訳ありません。その──ちょうど昼時でしたので、派出所は空で」
「誰もいなかったわけだ」と芹沢が言った。
「ええ。車の盗難を届けに人が来まして、署へ案内して……」
「発見者は?」
「それが……僕なんです。署から戻ってパトロールに出たら、いきなり
あれに出くわしたんです」巡査は顔を歪めた。
「あたりに不審人物は?」
「いいえ、すぐに現場周辺を探し回ったんですけど、特に不審な
人物は誰も」
「おかしいな。あれだけ激しく争ってる様子やのに、返り血の一つも
浴びてへんのかな」
 鍋島は首を傾げた。「まあええわ。昼間なんやから一人ぐらい何か
見たり聞いたりしてるはずや」
「もう捜一の連中に話は聞かれたか?」芹沢は巡査に訊いた。
「ええ、はい……」と巡査は肩を落とした。「ひどく罵倒されました。まるで
僕が犯人みたいに」
 鍋島は口許を緩めた。「それが連中の普段のしゃべり方やから。
気にすんなよ」
 やがて巡査はまたきちんと敬礼し、その場を立ち去った。

 担架に乗せられ、ビニール布を掛けられた遺体がトイレから出てきた。
そのまま救急車の寝台に積み込まれると、ドアが閉まった。
「いったい、なんの目的なんやろ」
 走り出す救急車を見送りながら、鍋島は独りごちた。
「殺人鬼に理由なんてあるかよ。人を殺したいって衝動に駆られたら、
いてもたってもいられなくなるんだろ。だからこんな真っ昼間だろうと、
交番の前だろうと平気なんだ。薬の切れたシャブ中と同じだぜ」
 芹沢の言葉に独特の憎しみを感じながら、鍋島は首を振った。
「やっぱイカれてるな」
 


 廊下を歩いていると、突然ポケットの中で着信音が鳴った。
 まさかと思って電話を取り出し、受信したメールを読んだ。
 ──「指令完了」。こんな時間に。
 相手の度胸に少し身震いを起こしながら、それでも二人目の女が
死んだことに満足した。

 

目次 へ                                        
第三章 6 

 


 

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おはようございます

交番前トイレでの犯行は
大胆というより
芹沢がいうように狂気。
あるいは挑戦?

次回を楽しみにして読みます。
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2011/02/01 (05:37) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

確かに、大胆です。
はたしてそうに至った根拠、あるいは狙いはあるのか?

訪問ありがとうございました。
  • from みはる :
  • 2011/02/01 (23:24)

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