忍者ブログ

およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

~ 第三章  3(後) ~


「萩原さん、あなたご兄弟は?」
 榊原は話題を変えるように訊いてきた。
「兄が一人います。あ、そう。確か榊原さんと同い年ですよ」
「ご結婚していらっしゃる?」
「ええ、四年前に」
「じゃあ、お子さんは?」
「二歳半になる男の子がいます」
「……可愛いでしょう?」と榊原はにっこり笑った。
「ええ、やんちゃ盛りですよ、今」
「他人の子とは違う可愛さを感じるでしょう?」
「……ええ、まあ」何が言いたいんやろうと萩原は思った。
「でも、息子ではない」
「それはそうですが、でも──」
「そう言う感じなんですよ、僕も」
 と榊原は萩原の言葉を遮って言った。「僕も……美雪ちゃんには
そういう気持ちなんです。正直言って、申し訳ないが今は……」
「榊原さん──」
「だから萩原さん、あまりそうあっさりと僕にバトンを渡さないで
ください。僕も一生懸命努力しますから。あなたのおっしゃる
ように、美雪ちゃんが甘やかされ過ぎているというのなら、
それはよく考えて正すようにします。 だけど彼女にはもう少し
時間が必要だ」
「ええ、そうですね」
「やっと六歳の女の子に、大人と同じ時間の流れを強いるのは
無理なんですよ」
「確かにそうです」
「その……失礼な言い方だが、あなたは彼女の逃げ場なんです」
「しかしそれでは僕一人が善人で、あなたはいつまでたっても──」
「大丈夫。僕もいつまでも悪者でいるつもりはありませんから」
 榊原は言って強く頷いた。その顔には確かな自信が読みとれた。
「分かりました」と萩原もゆっくりと頷いた。「ただ、やっぱり
誕生会には僕は行かない方がいいと思うんです。幼稚園に
対しては、あなたが保護者であることをはっきりと示しておく
べきです」
「そうですね」
「どうしても男親が出席しないといけないんですか?」
「いえ、そうでもなさそうです」
「じゃあ、智子に行かせれば?」
 萩原のこの言葉に、榊原の顔が一瞬にして曇った。
「……失礼。奥さんに行っていただくとか」萩原は俯いた。
「ええ、その方がいいでしょうね」
「すいません。いろいろ失礼なことを申し上げて」
「とんでもない、よく分かりますよ。美雪ちゃんのことを思えば
こそですよね」
 榊原はまた穏やかな笑顔を見せたが、やがてふと暗い顔に
なった。
「……僕にも息子がいましたから」
「えっ?」萩原は驚いて顔を上げた。「榊原さん。あなた初婚では
ないんですか?」
「ええ、違いますよ。智子から聞いておられませんか?」
「そういうことは何も──そうですか」
 萩原は少し乗り出していた身を退いた。自分で勝手に思い込んで
いたこととはいえ、榊原が初婚だと信じていたからこそ美雪を
引き取って育ててくれていることに感謝し、気を遣っていた
ところがあったのだ。萩原は少しがっかりした。
 しかしその一方で、子供を手放してしまった親の辛い気持ちが
理解し合えるのだという妙な連帯感も沸いてきて、何とも複雑な
気持ちになった。
「──やっぱり、離婚ですか」
「いえ、そうじゃありません」
 榊原は俯き、手酌で酒を注いだ。「事故です」
 萩原はああ、と頷いた。そしてこれ以上は聞くまいと決めて、
黙って酒を呷った。
「──神戸に住む前には長野にいました。その頃僕はまだ
自分の店を持たない花屋の従業員で、妻と息子の三人、小さな
アパートで暮らしていたんです」
 萩原は黙って酒を飲んだ。胃にしみ込んでゆく熱い液体に
顔をしかめ、榊原と同じように下を向いた。
「火事でした。同じアパートに住む小学生の火遊びが原因で
──木造の簡単な建物だったんで、あっという間に火が回って」
 話を続ける勇気を搾り出すかのように、榊原は大きく溜め息を
ついた。
 「……二階の、階段から一番遠い部屋でしたから、煙に阻まれて
二人とも逃げ遅れてしまったんです」
 萩原は言葉を失っていた。空の杯を持ったまま、置けないでいた。
「私が花の買い付けに富山まで行っている間の出来事でした」
 萩原はゆっくりと顔を上げた榊原と目が合った。何と言えば
いいのか、まったくと言っていいほど何も思い浮かんでこなかった。
「七年前の出来事です。妻は二十五歳、息子は十一ヶ月でした」
 榊原がそう言ったあと、二人はしばらくのあいだ黙っていた。
これ以上この話を続けても何も生まれてこないことを、彼らには
よく分かっていたのだ。
「──僕のような男を見ていると、腹が立つでしょうね」
 ようやく萩原が口を開いた。
「いいえ。それぞれに理由があってのことです」
「でも、離婚の経緯をお聞きになったでしょう? 実に僕一人の
わがままで……」
「仕方のないことですよ」と榊原は一つだけ頷いた。「それに、
萩原さんがそう思った以上、そのまま義務感だけで結婚生活を
続けていたっていいことはありませんよ。それどころか、智子も
美雪ちゃんもますます不幸になる」
「──でしょうね」
 萩原は諦めに近い溜め息をついた。
 障子の向こうで、鹿威しが石に当たる心地の良い音が響いた。


目次 へ                                
第三章 4(前) へ

 

拍手[1回]

PR

この記事へのコメント

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧できます
 

無題

子供の火遊び。悪意はないけれど犯罪ですね。

会社事務所が移転する前、少し離れたろころに解体屋の指示置き場があって、子供がライターで火をつけました。黒煙が上がって、隣町からもみえたとのこと。高速道路を車で走っていた社長が、インターを降り、自社に近づけば近づくほど噴煙があがっているのに驚いたとのこと。
  • from 狼皮のスイーツマン :
  • URL :
  • 2011/01/18 (06:17) :
  • Edit :
  • Res

狼皮のスイーツマン様

ほんの遊びのつもりでも、気が付けば取り返しの付かないことに…。
火遊びだけではありません。人と人、人と金、金と欲。
怖い怖い。

訪問ありがとうございました。
  • from みはる :
  • 2011/01/18 (22:36)

カレンダー

09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カウンター

ビジター

最新コメント

[05/19 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[05/17 スイーツマン]
[06/24 奄美 剣星  (旧称/狼皮のスイーツマン)]
[05/02 maki]
[10/11 かなる]
[08/18 狼皮のスイーツマン]

お知らせ

日々の暮らしに追われ、長期に渡り記事の更新が滞っている状態です。申し訳ありません。



「佳日の紫丁香花 (ライラック) 〜For Your Splended Wedding〜」完結しました。

★Web拍手ボタンを各記事の下部に設定し直しました。ホメてやろう!という方はクリックお願いします。

縦書きでも読めます




Amazonでましゃ

rakuten

プロフィール

HN:
みはる
性別:
女性
趣味:
映画、読書、福山雅治
自己紹介:
好きな作家 
Ed McBain
Pete Hamill
宮部みゆき 
高村薫 
東野圭吾

好きな役者 
ブラピ 
佐藤浩市

好きなオトコ
福山雅治
        

Nicotto Town

バーコード

Copyright ©  -- およそ【文学】とは言い難いけれど。 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]