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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 終章(前) ~


終章 明日へ


 昼の三時を過ぎる頃になって、ようやく芹沢宛てのプレゼントは届かなく
なった。
 刑事課のデスクで、芹沢はこれで今日いくつ目か分からないダンボールの
箱詰めを作っていた。
「――芹沢巡査部長」
 声をかけられて顔を上げた。確かよその課の新人捜査員だった。しかしまだ
芹沢の認識にはっきりとは定着していなかった。
「えっと――」
「武内です。武内衛、九月に西天満署生活安全課勤務を拝命されました。階級は
巡査です」
 堅苦しい自己紹介だった。だが初々しく、生真面目そうな風貌に相応しかった。
「あ、そう。よろしく」芹沢は梱包作業に戻った。
「今日はお一人なんですか」新米刑事は言った。
「え? ああ、そうなんだ。鍋島が休み取ってさ」
「なにされてるんです?」
 武内は怪訝な表情でダンボール箱を覗いた。「何の包みですか?」
 どうやら芹沢のプレゼントイベントを知らならしい。ほんの三ヶ月足らず前に
他の課に来たばかりなのだから、当然と言えば当然だ。
「ん? えーっとほら、何て言うかさ」
 実は俺の場合こんなイベントが年に三回あるのよ、と自分で説明するなんて
超カッコ悪いと思った芹沢は、言葉を濁して愛想笑いを浮かべ、話題を変えた。
「で、俺に何か用?」
「あっそうだ、失礼しました」
 武内ははっと目を見開いて、ぺこりと身体を半分に折って一礼し、そして
すぐに
顔を上げて言った。「巡査部長に女性のお客様です」
「誰」
 芹沢は低いテンションで訊いた。また荷物が増えるのかよと、それしか思わ
なかった。
「キジマという方です」
「キジマ?」芹沢は眉根を寄せた。「知らねえな」
「でも、刑事課の芹沢刑事に会いに来たと――」
 やれやれ、仕方ねえなと芹沢は思った。恥ずかしいけどここは自分で説明する
しかないか。けどできるだけ簡潔に済ませたい。さて、どう言えば――
 ところがその直後、芹沢の記憶の扉が開いた。キジマ。そう、確かそういう
名前
だった。
「そのコ、中学生だった?」芹沢は訊いた。
「分かりません。私服に化粧もしてましたから」武内は首を傾げた。「でも、
たぶんそのくらいの年齢です」
「生安課の刑事部屋に来たのか」
「いえ、署の玄関で中の様子を伺う感じで立っていたのを、外出から戻った
自分が
声をかけたんです。アポイントは取っていないとのことなんで、今も
ロビーで
待ってもらってます」
「分かった」
 芹沢は立ち上がり、椅子の背に掛けたスーツの上着を羽織った。武内とともに
刑事部屋を出て、廊下を階段に向かった。
「事件関係者ですか」武内が訊いた。
「ん――まあな」芹沢は武内を一瞥した。「ありがと。戻ってくれていいよ」
 武内ははいっ、と模範的な返事をして、生活安全課の前に来ると立ち止まり、
一礼して芹沢を見送った。
  一階に下りた芹沢はロビーを見渡した。さほど人は多くなかったので、彼女は
すぐに見つかった。総合案内のカウンターからはかなり離れた場所にぽつんと
一つだけある長椅子に座って、俯いている。大きなアラン模様のオフホワイトの
フード付きセーターに正面にスリットの入ったデニムのロングスカートを
合わせ、
茶色いブーツを履いていた。 芹沢が近づくと、気配を感じたらしい
彼女ははっと
顔を上げた。
「真優ちゃん」
 彼女を手で示しながら言うと、芹沢はにっこり笑った。「こんにちは」
「......こんにちは」
 ゆっくりと立ち上がり、芹沢を見上げて静かに挨拶をしたのは、深見茜の
クラスメイトの来島真優だった。先日、梅田のカフェで会ったときの制服姿とは
違い、今日は私服のせいかずっと成熟して見えた。それにしても、引き締まった
アスリート体型をしていたはずの彼女がこんなフェミニンな服装をするとは
ちょっと意外だった。なぜかフードを被ったままだったのでちらっと見える程度
だったが、耳には大きなイヤリングも付けている。
「この前と雰囲気が違うから、分かんなかったよ」芹沢は言った。「いつも
そんな
感じ? なんか大人っぽくて、ドキッとしたぜ」
「あ、いえ」真優は俯くとセーターの左の袖口を引っ張って口元を押さえた。
その可
愛らしい仕草が、この前会ったときの健康的な少女らしさを少しよみがえ
らせた。
 座ってよ、と芹沢は言って自分も長椅子に腰を下ろした。真優も芹沢に倣った。
「で、今日は何? 深見さんのこと?」芹沢は訊いた。
「……う、うん。あ、はい」真優は頷いた。「どうなったのかな、と思って」
「学校で先生から聞いてないの?」
「冬休みに入ったから」
「あ、そうか」
 芹沢は腕組みして後ろの壁にもたれた。「一応、個人情報だからさ。あんま
言えねえんだよね」
 あぁ、と真優は短くため息をついた。
「簡単に言うと、処分が決まるのはこれからだ」
「裁判とかになるんですか」
「それもね。詳しくは教えられない」
「……そっか。じゃあ、しょうがないです」
「心配して来てくれたのに、悪いね」
 真優は床を見つめたままかぶりを振った。
 わざわざ訪ねて来た割には相槌程度の返答であっさり納得するんだなと芹沢は
ちょっと不可解に思った。そして、もしかしたら当初から感じていた真優に
対する
違和感こそが彼女の本題なのではないかと気付き、腕を解いて彼女を
覗き込んだ。

 すると真優は、わずかだったが芹沢に背を向けるようにして身体を捻った。
 それで芹沢は確信した。
「来島さん、本当の用件は?」
「えっ――」真優は小さく振り返った。
「他に用があったんじゃないの? 深見さんのことは口実なんだろ?」
「いえ、ちが――」そこまで言うと真優は顔をしかめて口をつぐんだ。
「どうした?」芹沢はさらに真優に顔を近づけた。「……どこか痛むのか?」
 真優は黙って俯いていた。芹沢はじっと待った。茜の事件のおかげで、少女に
対する忍耐力がかなり備わっていた。
 やがて真優の左手がゆらゆらと上がって、被っていたフードを外した。顔を
上げ、
ゆっくりと芹沢に振り返った。
 真優の額に大きな痣が出来ていた。赤黒く変色し、少し腫れていた。うっすら
血も滲んでいる。
「……誰にやられたんだ」芹沢は言った。
「援交の相手」真優は小さく答えた。「この前の」
「会ったのか」
「会ってくれって連絡が来て、断ったら、学校にバラすって言われた。知らん
あいだに
学校を突き止められてたの。それで仕方なく」
 そこまで言うと真優はぎゅっと唇を噛んだ。「……ホテルに連れて行かれて、
いきなり殴られて――」
 全身が小刻みに震えていた。
「分かった、場所を変えよう」芹沢は言った。
「ちゃんと話を聞くよ。女性の警察官も同席する」
 真優は芹沢を見つめた。その瞳は恐怖で占領され、涙が揺れていた。
「嫌だったら、俺は席を外すから」芹沢は優しく言った。
 真優はかぶりを振った。そして脱力したようにふうっと息を吐いて長椅子に
手を
突きかけたとき、痛っ、と小さな声で言い、右の二の腕をさすった。
「大丈夫?」芹沢は彼女に振り返った。「そこもか?」
「……たぶん、折れてる」真優は言うと、芹沢を見た。その右目からポロポロと
涙が零れた。「もう、ラケット持てない」
 芹沢はため息をついた。自業自得だぜ、と言いたかったが、今はやめた。
「先に病院か」芹沢はさっき下りてきた階段に振り返った。「待ってな。車の
鍵を
取ってくる」
 真優は涙を拭った。「ごめんなさい……」
「謝ることじゃねえ」芹沢はきっぱりと言って立ち上がった。
 階段を上りながら、横浜に行くのは最終の時間だなと思った。


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