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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第五章 5(後) ~



 互いに誤解を抱いたままの林淑恵と中大路の母との“交渉”は、芹沢と二宮の
登場によって実現することなく終わる。淑恵と久保は車でその場を去り、
走って逃げた藤村とのちに合流して琵琶湖畔へ向かった。そして中大路を
連れて山科の事務所へ移動するのだが、その際、中大路が抵抗をして久保の
手下に痛めつけられ、頭に怪我を負う。料亭跡の裏庭に落ちていた血痕は
中大路のものだった。
 山科に移動したのち、久保は再度、淑恵の父親と取引するように淑恵に要求
した。借金が望めないなら、当初中大路に依頼した、中国からの荷物の運搬だ。
淑恵は無理だと言って拒否したが、そのとき怪我を負って動けなくなっていた
中大路を盾に、こいつがどうなってもいいのかと言って脅した。淑恵は仕方なく
承知し、神戸に帰った。久保と藤村がそれに同行した。中大路は薄い意識の中、
歯痒い思いでその様子を見ていたという。
「――やがて突然、あなた方が現れた」
 中大路は芹沢を見た。「ただただ驚きました。だけどその直後に、ものすごく
安心しました」
「そんな顔してたな」と芹沢は笑った。
「あの方の具合はどうですか。神奈川県警の――」
「ああ、心配ねえ。無事に横浜へ帰った。もう着いてる頃だ」
「でも、骨折と言ったら大変な怪我ですし」
「そりゃまるで平気って訳にはいかねえけど、特に問題ねえと思うよ」芹沢は
言って片目を閉じた。「気にすることないって。昨日言ってた、治療費ってのも
必要ないから」
「……本当に申し訳ありません」
 中大路は言って、神妙な顔つきのまま周囲を見渡した。「今回のことでは、
本当にみなさんに――」
「ええよ、そういうの」
 鍋島が手元を見つめたまま言った。
「えっ」
「俺らに謝罪は必要ない。謝罪とか、釈明とか、あるいは反省の弁とか――
そういうのは不要や。仮に今回のことで何か考えたことや心境の変化があったん
なら、それは真澄にだけ伝えとけば、俺はそれでええと思う」
 そう言うと鍋島は顔を上げて芹沢を見た。「なあ?」
「ああ」と芹沢は頷いた。
「麗子もやろ」
「あたしは何にもしてないもの」麗子は肩をすくめた。「それにね、中大路
さん、今ここには勝也と芹沢くんの二人しかいないのよ。一条さんや二宮刑事
はいないわ」
「……そうでした」
「真澄にはちゃんと、気持ちを全部話したんでしょう?」
「ええ」
「だったらもういいんじゃない。知りたいことはちゃんと話してくれたし、
十分だと思う」
「……お気遣いありがとうございます」
 中大路は深々と頭を下げ、真澄も彼に倣った。 「――ま、何はともあれ、
これで良かったってことで」
 麗子はその場の空気を変えるように明るく言った。「そろそろお開きにする?
明日早いし」
「そうやな。そろそろ出んと」と鍋島が腕組みを解いて腰を浮かせた。
「ここの後片付けは俺がやっとくよ」
「あの、そのことなんですが」と中大路が言った。
「え?」
「鍋島さん、やっぱり明日、ご出席願えませんか」
「あ……」
「勝っちゃん、お願い」真澄が両手を合わせた。
 鍋島はゆっくりと座り直した。麗子と芹沢は黙って鍋島を見守っていた。
「――やっぱり、遠慮しとくよ」
 やがて鍋島は言って、中大路を見た。「ごめんなさい。わがまま言うて」
「……分かりました」
 中大路は落胆したが、すぐに笑顔を見せた。「こちらこそ、無理を言って
すいません」
 真澄は明らかにがっかりして、べそをかいたような表情になり、俯いた。
泣かれると困ると思った麗子は彼女の手を取り、優しく握った。真澄は顔を
上げ、なんとか笑みを見せた。
 芹沢は何も言わず、ただ黙ってその様子を眺めていた。

 麗子が中大路と真澄の二人とともに京都に向かって家を出たあとの三上宅で、
鍋島は残って後片付けをし、芹沢はそれに付き合っていた。
「――明日は何時の新幹線や」
 鍋に残ったカレーをフードコンテナに移し替えながら、鍋島はダイニングで
スマートフォンを操作している芹沢に訊いた。
「ん? 俺?」芹沢はスマホから顔を上げた。「決めてねえ」
「ええのかそんなんで。指定席取っとかんと、時期的に満席やろ」
「しょうがねえだろ。取ったもののその時間に行けねえってことになれば無駄な
だけだ」
 芹沢は言うとまた視線を落とした。「理想は6時台ってとこかな。一緒に
メシが食いたいって言ってるし」
「そらそうやろ。クリスマスやで」鍋島はコンテナの蓋を閉めた。「よろしく
言うといてくれ。世話になったって」
「自分で言えば?」芹沢はにやっと笑った。
 鍋島はチッ、と舌打ちして容器を冷凍庫にしまった。
「――人の心配なんかいいから、おまえの方こそ、明日は京都に行けよ」芹沢が
言った。
「……もういいよ」鍋島は俯いた。
「よくねえよ。さっきだってあれだけ頼まれてたんだし、もうあんま頑なに
なんなって」
 芹沢はスマホをテーブルに置き、腕組みして鍋島を見た。「行っとけ。おまえ
自身のためにも」
「俺の?」鍋島は上目遣いで芹沢を見た。
「ああ」芹沢は真顔で頷いた。「けじめだよ」
「……けじめな」鍋島は溜め息をついた。 「頭ン中でとか、気持ちの上では
ちゃんとつけてるつもりだろうけど、だったらそれをあえて形で示すのさ。
いわば儀式だ。あえて儀式にすることで、頭ン中と気持ちの上でのけじめが
間違いのないものになる。それで今度こそ終われるんじゃねえか」
 鍋島は小さく頷いて、食洗機の扉を開け、下洗いした食器を入れ始めた。
「いいか。行っとけよ」芹沢は念押しした。「行って、ちゃんと野々村さんを
祝福してこい。三上サンと一緒に」
「……そうやな」
「何だか頼りねえな」芹沢は口元を歪めた。「ま、俺もこれ以上は巻き込まれ
たくねえから」
「悪かったな」
「ったく、いまさらだぜ」
 時刻は十一時近くになっていた。五日前の夜も、今夜と同じくらい静かだった。けれども今日の方が少し暖かいような気がするのは、ちょっと感傷的な
思い込みなのだろうかと鍋島は思った。


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