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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第五章 5(前) ~


        5

 藤村の言葉は、その場の全員を黙らせた。みんな、ひどい言葉だとも、
重い言葉だとも思わなかったが、身勝手だとも思えなかった。それは真澄も
同じだった。
「――五日前の夜、僕が真澄さんの前から姿を消した顛末はそんなところです」
 中大路は言って何杯目かの紅茶を飲んだ。「その後のことは、だいたいは
みなさんも把握いただいているかと」
 林淑恵はその翌日の夜、最終の新幹線で神戸に着いた。その足で実家に行き、
父親に借金の申し出をしたが、理由をまともに言えなかったのと、そもそも
藤村との仲も歓迎されていなかったので、いい返事はもらえなかったらしい。
しかし淑恵は諦めず、自分が何とかするので久保たちが中大路を人質に会社や
家族と交渉することはないようにと藤村に言って、翌日も父親との交渉に当たる
ことにした。久保たちは一日だけの猶予を与え、淑恵たちの動向を見守った。
したがって中大路は相変らず料亭跡に監禁されていたままだったが、ことが
動いたのは猶予期間が終わった四日目、つまり芹沢と二宮が彼らと新居
マンションの前でひと悶着を起こしたその日だった。
「あの日の朝、藤村と久保が林淑恵の実家に行って、彼女を連れ出した」
 芹沢が言った。「二宮が確認してる」
「ええ。タイムリミットが来ても諦めていない林さんが朝からお父上の仕事場を
訪ねて行ってたらしいんですが、そこに久保に連れられた藤村氏が現れた。
林さんを連れ出し、料亭跡に連れて来て今度は自分たちの計画に協力させるため
です」
「ところが、どういうわけかその前に京都のマンションに立ち寄って、あんたの
お母さんと合流しかけてる」芹沢は中大路を見た。「それがいまだに謎なんだ
よな。他のことはだいたい想像つくんだけど」
「……その件ですね。僕にもまったくの予想外でした」中大路はため息を
ついた。「まるっきり母の早合点なんですが、それもまた僕の言動が誤解を
生む結果となったんです」
「ただの出張だなんて、思ってらっしゃらなかったのね」麗子が言った。
 ええ、と中大路は頷いた。「挙式の五日前になって、突然何日も家を空けると
いうのが納得できないようでした。専務の津田に訊いても、行き先も用件も
はっきりとしない。僕が口止めしていましたからね。そんなことは今まで
なかったですから、何かあったんじゃないかと疑うのは自然です。楽天家の
父はそんなこともあるだろうと、母をなだめていたそうですが、母親の勘と
言うんでしょうか。僕に何かあったのだと見抜いた。ただそれが、結婚に絡む
トラブルだと思ってしまった」
「挙式を目前にしてるから、当然といえば当然ね」
「ええ。それで母は、津田が何か知っているという確信はあったようですから、
彼にしつこく問い質した。最近の僕に何か特別なこと、変わったことはなかった
かって。津田は仕方なく、同窓会のことを話したそうです。そのくらいなら
大丈夫だろうと」
「なるほど、それで淑恵さんのことを思い出したのね」
「その通りです。林さんが僕の結婚を知って、何かよからぬことを考えている
のではないかと早合点したようです」
「けど、すぐにそういう結論を出すって、何て言うか――ちょっと」芹沢が
めずらしく言い淀んだ。「俺には考えにくい」
「……それって、昔のことがあったからじゃないの」麗子が言った。「ロンドン
でのこと」
「そうです」と中大路は頷いた。「母は全部知ってますから」
「林さんが結婚を邪魔するようなことを言ってきたとか?」
「そんな風に誤解したようです。それで母は、彼女に連絡を取った。どうやって
彼女の連絡先を調べたのか、昨日母に問い質したんですが、教えてはくれな
かった。まあ、あの人もいろんな方面に顔の広い人ですからね。どうとでも
なるんでしょう」中大路は苦笑いを浮かべた。「林さんはちょうどお父上の
説得にあたっているときで、母からのアプローチにかなり驚いたそうですが、
母の『何か困っていることはないか』という言葉に、彼女は彼女で誤解をした。
僕が久保たちの目を盗んで母と連絡を取り、彼女を助けてやってくれと頼んだ
のだと」
「それであの日、会うことになったのか」芹沢が言った。
「母によると、当初は京都駅前のホテルで二人で会うことになっていたそう
です。ところがその日の朝、林さんのところに藤村と久保が現れたことに
よって予定が崩れた。彼女は二人に同行することを余儀なくされ、仕方なく
母と会うことになっていることを打ち明けた。すると久保は、呑気に時間まで
待って母に警察にでも行かれるとまずいと思ったんでしょう。すぐに母の
ところへ行けと言ったようで、その日は母がマンションに居ると聞いていた
林さんは、約束の時間よりもずっと早く京都に着き、マンションの前から
母を呼び出した」
「……そうするしかなかったんでしょうね」麗子は沈んだ声で言った。「無茶は
できないわ。お腹に赤ちゃんがいるんだから」
「ええ。そこが一番だったと思います。本当なら、こんな騒動にすら関わりたく
なかったはずだ」
「お母様は、林さんにどんな話をしようと――」
 中大路は俯いた。「……母という生き物の、愚かさをそのまま形にしたような
話です」
 麗子は小さく頷いて目を閉じた。余計なことを訊いて悪かった、というような
表情だった。
「時間があればじっくりと話を聞いて、林さんの納得するような対処も出来た
のだろうけれど、とにかく時間がなかった、と母は言っていました」中大路は
顔を上げた。「だから金を用意したと」
「……一概に責めらんねえな」芹沢がため息をついた。


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