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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第五章 4(後) ~

「――芹沢さんは、皮肉屋さんなんですね」
 中大路が苦笑いして言った。
「すいません、俺まで話の腰を折っちまった」
  芹沢は顔をしかめ、バツが悪そうに首の後ろに手をやった。「どうぞ
続けてください」
「――五日前の夜、結婚式の打ち合わせを終えてマンションに帰って
きたとき、僕は通りの向かい側の少し離れたところに一台の車が停まって
いるのに気づきました。車に見覚えはありませんでしたが、それが連中
なのではないかと憶測し、ここで真澄さんを巻き込むようなことにだけは
なってはいけない、何とかしなくてはと焦りました。その場で彼女を
自宅に帰そうかとも思いましたが、そんな突然のことに彼女を納得させる
適当な理由が思いつかず、とりあえずは部屋に行って、どうにか彼女を
早く帰らせるしかないと、そう思って部屋に上がりました。だめだ、そ
うすべきではないんだと、心の中で自分に反論しながら」
 中大路はため息をついた。「……まったく、情けない話です。窮地に
追いやられたときの自分がこんなにも何もできなくなるものかと、
愕然とすらしました」
「咄嗟のことだもの。仕方ないわ」麗子が言った。
「いえ、予測は出来ていたんです。だからそのときに備えて対応を用意
しておくべきだった」
「遅ればせながら反省したわけや」鍋島が平坦な口調で言った。「それで?」
「真澄さんを帰すことができないのなら、彼女を部屋に残して自分が彼らを
連れて離れるしかないと思いました。彼女が食事の準備をしているあいだ、
僕は入浴の支度をし、浴室から林さんに電話をして、連中と緊急に連絡を
取りたいと言いました。林さんは訝しがっていましたが、僕には時間が
なかった。リーダー格である久保の連絡先を聞き出すと、すぐに電話をかけ
ました。案の定、マンションの外で見張っていたのは久保の手先でした。
僕は久保にとりあえずは慶福堂の在庫を全部買い取るから、在庫の保管倉庫に
連れていけと言いました。久保はそれだけでは足りないと言いましたが、
僕はそのあとのことは在庫を買い取ってからだと主張しました。久保は渋々
承知し、藤村を寄越すと言いましたが、僕は表の連中に案内させろと言い
ました。二十分後に階下に下りるので、ラウンジで待っていろと。コンシェル
ジュにはその旨を伝えておくので、もしも少しでもおかしな動きをしたなら、
大ごとになると言いました」
 中大路は噛み締めるように言った。「マンション内に招き入れることを
提案したのは、相手を信用させるためでした。もちろん、実際はそんなことを
するつもりはなかった。早めに下りて、マンションの外で落ち合うつもり
でした。結果、久保は承知し、時間も守られた」
「え、でも確か――」麗子が言った。
「そうです。実際、ことが起きたのはもっと後でした」中大路は麗子に
振り返った。「倉庫の方の準備ができていなかったらしいんです。林さんから
連絡が入って、そこからさらに一時間後に修正された」
「それで十一時近くになって、真澄におつかいを頼んだのね」
「……ええ。男としてあるまじき行為です」中大路は唇を噛んだ。
 真澄が黙って中大路の腕に手を添えた。中大路は真澄を見て眉根を寄せた。
「彼女に直接の被害はなかったけれど、それは結果論です。僕は彼女を危険に
さらしたも同然です」
「ま、何もなくて良かった」芹沢が言った。「それで、連中と落ち合った
あとは?」
「案の定、連中は僕を倉庫に連れて行ってはくれませんでした」
「琵琶湖畔の料亭跡か」
「ええ、そうです」
「時間を一時間ずらしたのは、その料亭跡を準備するためだったんだろうな」
 おそらく、と中大路は頷いた。「料亭跡に連れて行かれたとき、迎えに
出たのは藤村氏でした。僕は実際、そこで初めて彼と対面しました。この男が
林さんに大きな負担を負わせ、挙げ句にこんなことになっているのかと思うと、
猛烈に腹が立ちました。腹が立ちましたが、同時に自分だってそんなに変わら
ないんじゃないかとも思いました」
「それは、昔の話のこと?」麗子が棘のある口調で訊いた。
「いえ、違います。今まさに真澄さんを不安にさせているということです。
事情は違えど、自分だって意味もなく彼女を不安にさせている。不安どころか、
きっと今頃絶望の淵に陥っていることだろうと。しかも、何の説明もしていない。
その方が罪なんじゃないかと」
 鍋島は首を振った。そしてぽつりと言った。「考えたって――」
 全員が鍋島を見た。鍋島はその気配に気付き、上目遣いで中大路を見ると
すぐに逸らした。「……何でもない」
 何が言いたかったんやろうと鍋島は思った。考えたってもう遅い、か。
考えたってしょうがない、か。それとも、考えたって答えは出ない、か。
本当に分からなかった。分からないまま口にしていた。

――俺は、アホか? ああそうや、分かってる。

 そんな鍋島のどうでもいい自問自答をよそに、中大路は話を続けた。
「藤村氏は明らかに焦っていました。久保の手先に怯え、警戒しながらも、
僕に何度も謝ってきました。僕を傷付けるつもりは毛頭ないし、結婚式を
邪魔するつもりもない。とにかくこんなはずではなかったんだと」
 中大路はそのときのことを思い出したように小さく笑った。呆れている
ようだった。
「だったら、いますぐ警察に相談するべきだと僕は言いました。今のところ
僕は一応は自分の意志で彼らに同行してここへ来たと言えるし、君や林さん
からは何の被害も受けていない。だからここを出てすぐに最寄りの警察に
駆け込んで、この連中のやったこと、やろうとしていることを訴え出て
欲しいと」
「でも、藤村は聞き入れなかった」芹沢が言った。
「ええ。そうしたいけど、こうなってしまった以上はもう無理なんだと」
 中大路は芹沢を見て言った。「どうにも諦めの良すぎる人物でした」
「……情けない男」麗子が怒ったように吐き捨てた。
 中大路は頷いた。「そこで僕も一時的に彼を説得するのを諦め、ところで
どうしてこんなところに連れてこられたんだと彼に訊きました。すると、
僕に慶福堂の在庫を買い取らせるよりも、僕を人質にして僕の会社と金銭の
交渉をするつもりなんじゃないかと答えました。どうやら彼自身にも確信は
無いようでした。だけど、さすがにそんなことをしたら犯罪になってしまう
から、彼らは彼らで、何とか連中を納得させられるだけの金の工面を
しようとしている、と言いました」
「彼らって――」麗子は言った。
「彼と林さんです」中大路は答えた。「林さんが明日か明後日にでも実家に
出向いて、借金を申し出ることにしたのだと」
「ますます情けない」麗子は鼻の麓に皺を作った。そして中大路を見ると、
その顔のままで言った。「ごめん、続けて」
「実は僕も同じことを言いました。情けなくないのかって」
 中大路は言って、すぐに表情を曇らせた。「……余計な説教をね」
 芹沢が中大路を見た。想像がついた。面倒臭い男だ、と思った。
 その想像通りのことを、中大路は打ち明けた。
「――確かもうすぐ父親になるんだろうって。そんな父親の姿、子供に
見せられるのか? 子供を幸せに出来るのかってね」中大路は自嘲的に
笑った。「――言った瞬間、後悔しましたよ」
 芹沢はふんと笑うと、頬杖をついた。ほんと、面倒臭いヒーローだぜ。
俺が藤村なら、てめえのことは棚に上げてぶん殴ってるだろうな。
「藤村氏は、笑ってましたよ。ちょうどそのとき久保が僕らの様子に気付いて、
なに話してるんだと咎めてきたので、彼は僕から離れました」中大路は
目を閉じた。「その間際に、おまえなんかには言われたくない、と言い捨てて」


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