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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第四章  5 ~


            5

 
 スタンドの明かりだけの薄暗い病室で、芹沢は折り畳み椅子に
座りながら腕を組んでウトウトし始めていた。

 十帖ほどの病室は暖房がよく効いていて、カーテンの向こうの
窓ガラスが白く曇っていた。さらにその向こうには青黒い夜が
広がり、ところどころで外灯が柔らかく輝いている。気象協会が
出した三ヶ月予報では今年の冬も暖かくなると言っていたが、
それでも季節は確実に冬に向かいつつあったし、十一時を
まわった今ではさすがに外は寒そうだった。

 部屋の中央を占領しているベッドには三時間近くに及ぶ手術を
終えた鍋島が横たわっていた。
 術後しばらくはつけていた酸素呼吸器も今は取り外されていて、
その代わりのように腕や胸のあたりからはいろいろな色の管が
伸びていた。
 ベッドの周囲には点滴の他に多種多様の計器類が並び、
モニター画面に緑や青の光で数字やグラフを映し出している。
時折それらの機会が発するピッピッという信号音だけが、
静かな病室に響いていた。

 芹沢は目を開け、ゆっくりと欠伸をした。彼にとって今日一日は
ひどく長かったように思われた。朝七時半に出勤し、捜査会議を
途中で抜け出して千日前に向かい、麻雀屋を見つけたのは
十時頃だった。
 その直後に鍋島が刺され、この病院に救急車で乗りつけたのが
今からちょうど十二時間、半日前のことなのだが、今の芹沢には
もう遠い昔のようにさえ思えた。相変わらず血痕の飛び散った
服を着たままで、薬が効いて眠っている鍋島のそばに座りながら、
つくづく自分の仕事が堅気でないことを思い知らされていた。

 そのとき、鍋島が少し顔を歪めるようにしてゆっくりと首を
振ったかと思うと、すっと穏やかな表情になり、やがて目を開けた。
「芹沢」
「気がついたか」
 芹沢は腕を組んだままの姿勢で静かに言った。
「──俺、どのぐらい気ぃ失ってた?」
「十二時間半ってとこか」芹沢は腕時計を見て答えた。「その分、
俺一人が課長にこっぴどくやられたぜ」
「そら悪かったな」
「一時間ほど前まで、ここに純子ちゃんもいたんだぜ」
「おまえ、何もしてへんやろな」
「アホか」と芹沢は溜め息をついた。
「いや、おまえやったら分からん。俺が眠りこけてるのを
ええことに──」
 鍋島は途中で笑い出した。
「まあ、そう言う憎まれ口を叩くようなら快復も早そうだな」
「……ほんで、あいつら捕まったか」
「まだだ。でも河村のヤサにガサは掛けて、改造銃一丁と
銃弾は押さえた。連れの一人はここから二つ向こうの
六人部屋に入ってるし、もう一人は二時間ほど前に確保した。
二人とも明日からたっぷり締め上げてやる。河村のヤサと
女のマンションも張り込んでる」
「山口は」
 芹沢は首を振った。「あいつの方が性根が入ってるみてえだな。
二日前に部屋を引き払って、今朝はご丁寧にも原田のところに
型通りの辞表を送りつけてきた。覚悟の討ち入りだったって
わけだ」
「河村を襲ったんは、紫乃の復讐か」
「だろうよ。紫乃をシャブ中にしたのもおそらく河村だぜ」
「……そうやな」と鍋島は大きな息を漏らした。

「キツイんだろ。もう寝ろよ」
「大丈夫や」鍋島は少しだけ首を回して芹沢を見た。「おまえは
どうもないんか」
「俺がどうして」
「嫌になってるやろ。この仕事」
「最初(はな)から好きでやってるんじゃねえ」
「それやったらなおさら、今度こそ辞めたいと思てるのと違うか」
「……何言ってるんだよ」
 と芹沢はゆっくり顔を上げた。「何で俺がここでこうしてるのか、
おまえには充分すぎるくらい分かってるはずだと思ってたぜ。
それを今さら何だってんだ。また一から説明させようって言うのか」
「それは分かってる。けどその一方で、やっぱり迷てるはずや。
故郷(くに)へ帰って酒屋を継ぐのもアリかなって」
「くだらねえ言い掛かりはよせ」
 と芹沢は苛立たしげに吐き捨てた。「おまえ、俺と二年も
組んどきながら、何も分かっちゃいねえな」
「二年組んでるから分かるんや」鍋島はなおも言った。「いくら
おまえに心に決めたことがあってお巡りになったていうても、
今さっき自分で言うたように、しょせんは好きこのんで選んだ
仕事やない。それを何年もやってると、やっぱり嫌になって
くるで。だってそうやろう、俺らこの十日かそこらでどんな人間の
姿を見た? 一人はボコボコにやられて 濡れねずみになった
身内で、もう一人は顔を腫れあがらせた裸同然の女や。
おまえやなくても、誰かて嫌に──」
「俺はもっとひどいのを見せられてるよ」
 芹沢は即座に言い返した。
「……そうやったな」
「いいから、あんまり喋りすぎると、本当に傷口に障るぜ」
「いや、どうもない。──ほんで俺はと言うと、初対面の男と
ろくに喋りもせんうちに追いかけあって、挙げ句の果てに
このザマや。やっぱり、普通やないで、こんな仕事」
「だから俺が迷ってるってか? おまえみたいな目に遭っても
いねえのに」
 芹沢はふんと笑うと組んでいた腕を解き、少し身を乗り出した。
「──正直言おうか。確かに最近、俺は今おまえが言った
みたいな気持ちになりかけてたよ。ちょっと前まではな。
今だって、こんな仕事はつくづく堅気じゃねえと思う。けど、
この何日かでそれも吹っ切れた。いや、厳密に言うと今日、
無理矢理吹っ切ってやったんだ。考えてもみろよ。昔のこと
だけじゃねえんだ。ついこの前、数少ない信用できる男を
あんな目に遭わされて、それがまだ何の解決もしてねえって
いうのに、今度はおまえだ。ここまでやられて、俺が投げ出せると
思うか? やっぱ警察は性にあわねえって、親のためにも
酒屋を継ごうなんて、そんなカッコの悪りぃ、情けねえことが
できると思うか?警官失格どころじゃねえぞ。男失格だ。やっぱ
八年前にくたばっとくべきだったんだ、ってことになるだろうが」
「……そうでもないやろうけど」
「心配要らねえよ。俺はもう辞めねえ。辞めたいと思うことは
あってもな」
 芹沢は静かに言った。「おまえをこんな目に遭わせたあの野郎も、
必ず俺がとっつかまえて、きっと後悔させてやるさ。自分のやった
ことだけじゃなく、何なら生まれてきたことさえも」
「……ああ」
「それから、もう一つだけ言っとくけど」
「何や」
「酒屋も結構キツイんだぜ。おまえはどう思ってるか知らねえ
けどよ」と芹沢は笑った。
「分かったよ」
 鍋島も笑うと大きく息を吐いて、静かに目を閉じた。
 二人とも、それ以上は話さなかった。


 



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