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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第六章  4 ~


         4 

 杉原奈津代は取調室の机の前で、半ば放心状態で座って
いた。

 彼女の向かいには植田課長が座った。ドアのそばの小さな
デスクの前に鍋島、そして壁の鏡の端には芹沢が腰掛けて
いた。彼はさっきからずっと俯いて腕を組んでいた。
 この鏡の向こうには、明日からの己の身を案ずることで
精一杯の幹部連中が並んでいる。
 クラブの鍋島から連絡を受けた芹沢が課長にすべてを話し、
その課長から報告を受けたとき、彼らはみな一様に驚きと
困惑と絶望感でパニックに陥り、そして芹沢たちが報告を
上げなかったことを激しく怒った。
 早退届を出しながら拳銃を携帯していた鍋島などは民間
企業なら即刻解雇を言い渡されているところだった。
 そのくせ、課長がこれからの指示を仰ごうとすると彼らは
逃げに逃げ、たちまち沈黙してしまった。

 結果がこの壁の向こうに鎮座ましますこの状況だ。誰一人
としてここへ入ってこようという勇気がない。と言うより、もはや
自分たちのこの一件への関わりを抹消させようとしているのかも
知れなかった。
 鍋島も芹沢も、絶対に始末書なんか書いてやるものかと心に
決めていた。

「──何から何まで河村に陥れられたんやね、あんた」
 植田課長が吐き捨てるように言った。小さく貧乏揺すりをして、
火の点いていない煙草を手の中でくるくると回転させながら
奈津代を見つめている。彼はこの部屋にいる自分を含めた
全員に腹を立てていた。
「奴に初めて会うたのは、あの食堂でですか」
 鍋島が訊いた。
「──そうみたいです」
 奈津代がぽつりと答えた。
「覚えてなかった?」
「ええ、私は。頑張っている子がいて客として行って励まして
やりたいと主人が言うので、私も一緒に行っただけですから。
そこに河村が居合わせていたというのも、あとで知ったんです」
「山口くんの事情はご存じだったんですか」
 芹沢が訊いた。
「少年院に入っていたということですか? それならあの日
──四月の連休前でした──食堂に行く道すがら主人から
聞きました」
「彼が昔の連中につきまとわれて、それを杉原刑事が取りなした
ことは」
「それは、その──河村から聞かされました。食堂に行った
翌日、河村が突然、うちのマンションのそばに現れたんです。
外出から戻った私を呼び止め、車に誘おうとして──私は
もちろん乗りませんでした。あいつはずっと私をつけて、
あんたの旦那には迷惑をしてるんやと言いました。それから、
よけいなお節介は身のためやないって言うとけと」
「それを聞いた杉原刑事は何と言いました?」
 奈津代は首を振った。「部屋に戻ってすぐに主人に連絡
しようとしました。怖かったから。でもあたし、思い直したんです。
もし主人に言うたら、きっとあの人は私のためにあの男の
言うとおりにするやろうって。あの男がまたうちへ来て、
私が怖い思いをするのを避けるために。でもそうなったら
あの山口って子はどうなるんやろうと思ったんです。彼には
主人しか頼る相手はいないはずやと」
「たった今自分が怖い思いをしたのに、どうしてそこまで
考えたんですか」
「ああいう子はたいてい孤独なんです。暖かく見守ってくれる
人たちはいても、何かトラブルが起こって、本当に困った
ときに助けてくれる人間は驚くほど少ないんやって、主人が
よく言うてました」
 三人の刑事はそれぞれ目を合わせた。
「結局あなたは話すのをやめたんですね」
「ええ」
「だから杉原さんは山口くんの一件から手を引かなかった。
それで河村はあなたに手を出した」
「いいえ、違います」
「と言うと?」課長が言った。
「私の方から、あの男に会いに行ったんです」
「あんたから?」
「ええ。一週間ほどしたら今度は電話が掛かってきました。
この前言うたことが分かってないようやなと。私は、そんな
脅しには負けないとあの男に言いました。あの男はものすごく
怒って、おまえの亭主を警察におれんようにしてやると
言いました」
 奈津代は大きく溜め息をついた。「──さすがに、まずい
ことになったかも知れないと思いました。何とかしなければ
いけないと。それであの男に会うたんです」
「会ってどうするつもりやったんです?」と鍋島。
「──実は、あの男の話しぶりから、私に好意を抱いている
のを感じていたんです。だから会って頼めば、何とかなるかも
知れないと思いました」
「ああいう男がそういうときにどんな要求をしてくるか、
分からなかったはずはないですよね」
「ええ。分かっているつもりでした」
「それやのに会おうとしたんですか?」
「ええ」
「それは杉原刑事のためですか」
「はい。もちろんです」と奈津代は鍋島を見た。「山口くんの
こともありましたし」
 鍋島はきっ、と目を見開いて奈津代を睨み返した。なぜだか
無性に腹が立った。それで結果、あんたは今日何をしようと
してたんや? クラブの化粧室で、俺に何て言うた?

 そんな彼の心の声が聞こえたかのように、芹沢が言った。
「冗談じゃねえ。あんた一人に何ができるって言うんだよ」
 課長がゆっくりと芹沢に振り返った。まるでその続きを促して
いるかのようだった。
「茶番だな」
 そのひとことだけ言って、芹沢は黙り込んだ。
 課長は溜め息をつくと、やっと煙草に火を点けた。そして
深く一服吸い込んでから、吐き出した煙とともに言った。
「ところが結局あんたは奴の魔の手に落ちて、覚醒剤中毒に
させられたんやな」
「違います」
「ほう、どう違う?」
「……河村は本当に私のことが気に入っていたようで、確かに
関係は迫ってきましたが、それ以外は何も求めてきません
でした。でも私の方は、いくら主人のためとは言え、実際に
やっていることは主人を裏切る行為ですから、とてもその、
まともな神経では耐え切れなかったというか──」
「だから薬の力を借りて河村と関係を持ったと」
「ええ、いっそのこと何かに逃げていれば、きっと耐えられると
思ったんです」
「それだけかな」と鍋島が言った。
 奈津代はゆっくりと顔を上げて鍋島を見た。
「クラブの化粧室で、あなたは何でですかって訊いた俺に、
寂しかったって言いましたよね」
「……ええ、言いました」
「それは薬のことやなかった? また別の話ですか?」
 奈津代は静かに首を振った。
「いいえ。別の話やありません。そう。確かに私は寂しかった」
 自分に言い聞かせるように言って、奈津代は話し出した。

「結婚して三年半、主人はああいう人ですから仕事に夢中で
ほとんど家にいない状態でした。子供もおりませんでしたし、
いつもマンションの部屋で独りぼっちだった私は、いつの間にか
すっかり取り残されているような気持ちを追いやることができず、
何か捌け口を求めるようになったんです。
 最初は、何とか主人に非番の日は身体を空けてもらって、
あちこち一緒に出掛けるようにしました。主人も愉しそうでしたし、
いい気分転換になったと言って喜んでくれてもいました。でも、
やっぱりあの人は仕事なんです。仕事で気になることがあると、
たちまちそれが最優先になってしまうんです」
 奈津代は悔しそうに唇を噛んだ。
「今年の始めのある日、私の学生時代の友人から電話が
入りました。その日は夫は宿直で、夕方から私は一人でしたので
友人の誘いに乗って、夜、出掛けることにしたんです。夫も快く
承諾してくれました。その夜は久しぶりに学生時代に戻ったようでした。
最後に今日と同じあのクラブへ行ったときには、私はすっかり
解放感に浸りきっていたんです」
「そこで薬に手を出した」と課長が言った。
「私は酔い潰れてちゃんとした意識がありませんでした。
少し気分も悪かったですし。友達が安定剤だと言って飲ませて
くれた錠剤が例のあの、向精神薬というものやったんです。
紫乃ちゃんが河村に流していたようなのと同じやつです。
それはもう、今までに経験したことのない良い気分でした。
つまり、私はすでにそのとき薬の味というものを覚えてしまって
たんです」
「で、それ以来常用するようになったということか?」
「いいえ。それっきりでした。でもまだそのときの余韻と言うん
ですか、それが私の中で残っていたんやと思います。そんな
ときに、河村と会ってしまったんです」
 それで結局、彼女は自らの意志で河村に近づき、そして同じく
自分から望んで薬に手を出したのだ。
「それが杉原刑事の知るところとなったんはいつ頃?」
「分かりません。河村は──私とのことは誰にも悟られない
ように注意を払っているようでした。あの男の仲間というのにも
会ったことはありませんし、河村の店に行ったこともありません
でしたから。でも夏以降、主人はますます家を空けることが
多くなりました。私は、きっと主人が私と河村のことに気づいて
調べ始めたんやと思いました。そしておそらく事実を知ったんやと」
「河村が何か気づいていたということは?」
「はっきりとは分かってなかったと思います。同じ頃には紫乃ちゃんも
河村に利用されていましたから、きっとその件で自分を探ってるんやと
思てたはずです」
 奈津代は大きく息を吐くと、ぐらりと前のめりに肩を揺らした。
「杉原さんが襲われた日のことを聞いた方が良さそうですよ」
 芹沢が言った。課長と鍋島が彼に振り返ると、芹沢は
奈津代を顎で示しながら言った。
「──この人、そろそろリミット来てんじゃねえの」
 課長は今度は奈津代に振り返った。確かに顔色が悪かった。
「つまり、河村に出会ったことよってあんたはまた薬に手を
出した。それでそのクスリ欲しさに、杉原刑事と山口泰典の
計画を河村に密告したんやな」
「違う。違います」と奈津代は言い返した。
「じゃあ何で河村に教えたんや。あの日、杉原と山口があの
マンションに行くってことを」
「二人が、河村を殺してしまうんやないかと思ったからです」
「殺す?」
「──そう。私と紫乃ちゃんのことを知って──それで泰典くんと
相談して河村を殺そうとしてる。そう思たんです」
「そうさせないために河村に教えたということですか?」
 鍋島が訊いた。
「はい、そうです」
「その日のことはどうやって知ったんです?」
「主人の携帯電話でです」
「携帯で?」
「十月の初め頃でした。たまたま仕事場から持ち帰っていた
のを、翌日そのまま家に置き忘れて仕事に行ったんです。
泰典くんからの留守電が入っていました」
「聞いたんですか」
「ええ。夫に秘密を持ち、それを知られてるんやないかと
怯えてる女ですよ。どうにかして探ろうとするのは当然です」
 奈津代は言って、また深く深呼吸をした。
「山口は何と言ってましたか」
「もう我慢でけへんと言っていました。杉原さん、あんた一人では
行かせへんって。俺もあいつをつぶしてやると」
「それで杉原さんの思惑を知ったんや」
「ええ。それから三週間ほどしたある日、仕事から帰ってきた
主人が突然、明日は非番を取ったと言うたんです。私は
確信しました。とうとう明日なんやと」
「なんでわざわざ言うたんですかね。黙ってても良さそうやのに」
「きっと、暗黙のうちに私に忠告したかったんでしょう。
明日は河村と接触するなと」
「なるほど」と課長が頷いた。
「自分のために主人を人殺しにさせるわけには行かないと
思いました。それで河村に連絡したんです。頼むからどこかに
姿を隠して、主人から逃げおおせて欲しいって」
「河村はどう言いましたか」
 鍋島は奈津代を見た。
「分かったと言いました。おまえの言うとおりにすると」
「あなた、それが嘘やとは思わへんかったんですか?」
「今から考えたら、甘かったと思います。でも、そのときは
あの男の言葉を信じるしかなかった──せやかてそうでしょう? 
主人に直接言えますか? 河村のところへ行くのはやめてって。
私のために人殺しをするのはやめてと」
「それだけじゃねえ。河村を信じないと自分で自分のしたことに
耐えられなくなるからだろ」
 芹沢が言った。強い憎悪のこもった声だった。
「やめとけ」と鍋島が言った。
「ご亭主のことを本当に想ってたんなら、直接言えたはずさ」
「やめとけって」
 鍋島が語気を強めたので、芹沢は軽く手をあげて分かったと
合図した。ただしその厳しい眼差しは奈津代を見据えたまま
だった。
 彼女は強張った表情で芹沢の視線を受け止めていた。
見たくはないのに、目を逸らすこともできないでいる様子だった。
 そして、この男は今にきっと私にひどいことを言うのだろうと、
それを恐れているようにも見えた。
 それに応えてやろうとでも言うかのように、芹沢は言った。
「何を言おうと、あんたは亭主を売ったんだ」
 鍋島は俯いてため息を漏らした。
「芹沢。それ以上言うとここから追い出すぞ」
 課長が押し込むように言った。
「俺の方から退散しますよ」
 芹沢は言うと立ち上がった。課長と鍋島は黙殺した。

 部屋を出た芹沢の目の前に、島崎がやって来た。
ちょうど取調室に入ろうとしているところだったらしい。
「──湊さんから連絡が入った。山口を確保した」
「やっぱり来ましたか」
 芹沢はドアを閉めながら言った。
「ああ。杉原夫人の言うとおり、待ち合わせ時間ちょうどに
空港に現れた。身柄を拘束して、車に乗せたまでは良かったん
やが──」
 そこまで言うと島崎は顔をしかめて首を捻った。
「その前の身体検査が甘かったんやな。人目にさらして
やるのは可哀想やと、丹念にやらんとそこそこで良しと
したらしい。車の中で逮捕状を読み上げようとした途端、
隠し持ってたナイフで自分の腹刺しよった」
「バカな」と芹沢は舌打ちした。
「ああ、バカばっかりや。今回の事件は、関わったやつ全員
どうかしてる。おまえらも含めてな」
「それで容態は」
「そのまま病院行ったけど、死ぬほどのことやあらへんとさ。
鍋島を刺したときの傷よりは浅いやろうって。それより中は
どうや」
 島崎は芹沢の後ろのドアを顎で示した。
「素直に喋ってますよ。美しい愛情物語を聞かされて、
いたたまれなくなって出てきたとこです」
「──またそんな言い草を」と島崎は呆れた。
 そのとき、少年課の秋田係長が廊下をやって来た。二人の
前まで来ると、神妙な顔つきで切り出した。
「──杉原刑事が意識を取り戻したそうです」
「……何ですって?」
 島崎は呻くように言って、芹沢と顔を見合わせた。
「今、病院から連絡があって──奥さんに知らせようとずっと
電話を掛けてるんだけれども、つながらないからここへ
掛けてきたみたいです。奥さんの所在をご存じありませんかと」
「……なんちゅうこっちゃ」
 島崎はまるでやけっぱちになって頭を掻いた。


 ベッドに横たわり、静かに寝息を立てている杉原刑事を
立ったまま眺めていると、一瞬だったが八年前のあの悪夢の
日が蘇ってきた。

 あのときも俺はぼんやりと突っ立ったまま、土の上に
倒れていた彼女をただじっと見下ろしていた。頭は真っ白で、
身体中がすっかり空洞になっていた。
 前日まで輝くような笑顔と、心地よい音楽以上に癒される
柔らかな声で俺を包んでくれていた彼女。その彼女の
血まみれの死体。
 恐怖と悲しみで大きく見開いた瞳が俺を見つめていた。
 どうして助けてくれなかったのと、そう言って俺を責めている
ようだった。

──そう。いつだって誰一人助けられない。

 目を閉じて一度だけ首を振ると、芹沢は病室を出ていった。
 杉原に振り返ることはしなかった。


 ほとんどの照明が落とされた一階のメインロビーまでやって
くると、たっぷりと間隔を取って並べられたソファの一つに
鍋島が座っていた。両腕を背もたれにまわして身体を預け、
右足の膝をゆっくり曲げたり伸ばしたりしている。
 後ろから近づいてくる芹沢に気づいているのかいないのか、
やや俯き加減で足を見つめていた。
 その隣に腰を下ろしたところで、芹沢は言った。
「どうやってここまで来た」
「歩いて」
「嘘つけ」
 鍋島は自分の足を見ながらふん、と笑った。「タクシー」
「嫌がられただろ。ワンメーターにもならねえ距離だ」
「何のための手帳や。文句言いよったら公務執行妨害や」
「やる気もねえくせに」と芹沢は笑った。
「──で、どうやった」
 相変わらず熱心に足を動かしながら、鍋島は杉原の様子を
訊いてきた。
「眠ってた」
「ある意味ラッキーやったな」
 まあな、と言って芹沢は両手で顔を拭い、鍋島に振り返った。
「聞いたか。彼女が使ってた携帯、杉原さんのだったらしい」
「らしいな。河村が川に投げ込む前に杉原さんの上着から
持ってきたのを、彼女が食い下がって取り返したって」
「なんでそんなことしたんだろ」
「分からん。なんかヤバイ証拠でも残ってて、それを隠すためか、
それともただ夫の身の回りの品を持っていたかったか」
「──ったく、たいしたタマだぜ」
「ああ。山口紫乃に弟のこと頼まれて、すぐに自分の人脈を
フル稼働させて北海道行きを手配したんやもんな。か弱そうに
見せといて、実はかなりの筋金入りや」
「北海道に誰がいるんだ」
「友達の先輩夫婦やて。最初にクスリの味を教えた、あの
友達の先輩がとりあえずは山口だけでも預かってくれるって
言うたらしい。それで今夜、連れて行くつもりやった」
「そりゃありがたいこった」
 ため息混じりに言った芹沢に振り返って、足を動かすのを
やめた鍋島は神妙な面持ちで言った。
「──なあ、何で河村は完黙を通したんやろ」
「……何が言いたい?」
「山口紫乃には平気であんな残忍な仕打ちのできる男や。
しかも山ほどの容疑でパクられて、逃げ場はなくなってる。
それでも黙ってるなんて、他に理由があると思うか?」
「やつが本気で杉原奈津代に惚れてたって言うのか」
「俺にはそう思えてしゃあない」
「ロマンチストだねえ。鍋島巡査部長は」
 芹沢は呆れたように口もとを緩めて言うと立ち上がった。
「俺に言わせりゃ、あいつは女の敵だ。俺が言うのも
何だけどよ」
「ああ。説得力ゼロ」と鍋島は頷いて彼も立ち上がった。

 玄関を出た二人は駐車場に向かって歩き出した。鍋島は
すぐに煙草を取り出して火を点けた。
「──そうや。彼女、杉原さんが夏頃からますます家に寄りつかん
ようになったのを、きっと自分の秘密に気づいて探り始めたんや
とか言うてたけど──」
「援交にハマり出したからだろ。捜査で知り合った女子高生と」
 芹沢は舌打ちした。「……今さらどうしてそうなっちまうんだ」
「ほんまにそうやと思うか? ホテルにいたのは、何か別の
理由(わけ)があったんかも知れんやろ」
「あったところで、その事実は変わらねえんだ。言い訳は立たねえ」
「……まあな」と鍋島は煙を吐いた。
「そうやって、あの人でさえ自分から道を外れていったってのにな」
「片や、いつの間にか歯車が狂てしもた女もいてる」
「どっちにしたって、結局は最後まで思い直すことができなかったんだ」
「どうや。落ち着いたら、休み取って福岡に帰れよ」
「ああ、そうだな」
「けど辞めるつもりはないんやろ?」
「しつこいな。吹っ切ったって言ったろ」
 芹沢は振り返った。「それに、おまえみたいに身体張って
やってねえからな、俺はまだ」
「こんな風に身体張ってもしゃあない」
 咥え煙草の鍋島は吐き出した煙に目を細めながら自分の
右足をちらりと見た。
「確かにな」
 芹沢はふんと笑うと車のドアを開けた。運転席に乗り込むと、
助手席の鍋島がドアを閉めるのを待ってエンジンを掛けた。
「──杉原さんも、身体張って彼女を守ろうとしてたことには
間違いはないんだよな」
 そう言った芹沢を鍋島はじっと見つめると、両手を頭の後ろに
まわしてにやりと笑った。
「おまえかてなかなかのロマンチストや」


 

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第六章 5



 

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