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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第五章  5 ~


         5

 二十日間の入院生活を終えて、鍋島は久しぶりに外気に触れた。
 車窓から眺める大阪の街は、クリスマスを約ひと月後に控えて
普段以上に賑わい、その先に訪れる年の暮れを 敏感に感じてか、
行き交う人々の足取りも心なしかせっかちになっているように
鍋島には思えた。
「──みんな忙しそうやな。知らんうちに置いてけぼり食らった
みたいや」
 まだ少し痛みの残る右足を伸ばした姿勢で斜めに倒したシートに
身体を預けている鍋島は、窓に向かったまま窮屈そうに言った。
「毎年のことだろ。そうでなくったって、この街の連中は落ち着きが
ねえんだから」
 運転席の芹沢は苛立たしげに吐き捨てた。
 鍋島は横目で芹沢を睨むと、また窓に振り返った。
「そういや、あとひと月でクリスマスか」
 鍋島はデパートのショウ・ウィンドウのディスプレイを見て言った。
「ああ。おまえ、今年はどうするんだ?」
「どうするって……別に」
「なんだよ、またひとりか? 誕生日だっていうのによ」
「やかましいなあ。おまえこそどうするんや」
「俺はどうにでもなるさ」
  芹沢は言うと振り返った。「何なら、おまえにも紹介してやっても
いいぜ」
「要らん、おまえのおこぼれなんか。ひとりの方がマシや」
「強がり言うなよ」芹沢はふんと笑った。
「言うとくけどな、おまえが女に不自由せんといられるのは、自分の
努力やないぞ。そんなツラに産んでくれたオフクロさんのおかげや。
それを忘れんなよ。でないと、誰がおまえみたいなひねくれモンの
相手なんかするか」
 鍋島はほとんど僻んでいるとしか思えない文句を言った。
「ほざいてろよ」
 芹沢は相手にしてない、といった余裕の笑顔で鍋島を一蹴した。

 車が鍋島のアパートの前に着いた。まず芹沢が降り、助手席に
まわってドアを開ける。鍋島がゆっくりと身体を出して、芹沢の肩を
借りて車から出た。そして後ろの席から金属製の杖を取り出すと、
明らかにまだ使い慣れて いないという感じで腕にあてがった。
「そこで待ってろ。車を停めてくるから」
「場所あるか。日曜やからこのへん軒並みやぞ」
「何とかするさ」
 そう言って芹沢は車に乗り込んだ。
「──お兄ちゃん!」
 鍋島が振り返ると、純子がアパートの階段を下りてくるところ
だった。
「純子」
「芹沢くんに待ってって言うて。その車乗せてって」
 純子は慌ただしく階段を下りながら言った。
「芹沢! 待ってくれ!」
 鍋島が叫んで、車は少し先で停まった。
「どっか行くんか?」
「うん、帰るの」
「なんで。おまえもメシ食うて行けよ」
「ええの。せっかくみんなで集まってくれてはるのに、邪魔でしょ? 
それに、あたしのことは心配ご無用。今からデートやし」
「……そうか」鍋島は俯いた。
 そこへ芹沢が戻ってきた。「純子ちゃん、帰っちゃうの?」
「うん。家に帰るの。送ってくれる?」
「デートなんやて」鍋島が答えた。
「ほんと?」と芹沢は大袈裟に驚いて見せた。「その相手、俺と
交代してもらうわけにはいかねえかな?」
「相変わらず上手ね、芹沢くん」
 純子は笑いながらも嬉しそうだった。「それよりごめんね、
お兄ちゃんのせいでいろいろ大変だったでしょ。ご迷惑お掛け
しました」
「どういたしまして」
 芹沢はにっこり笑うと、鍋島に向かって明るく言った。「じゃあ
俺は彼女を送ってくから、おまえ一人で部屋まで上がれよ」
「……余計なことするなよ」
「お兄ちゃん、芹沢くんに失礼よ」と純子は眉をひそめた。「ほら、
部屋で三人ともお待ちかねよ。大丈夫なんでしょ?」
「もう準備できてたか?」
「うん。お兄ちゃんがいてないから、みんな結構苦労してたみたい。
あたしも今まで手伝うてたの」
 そう言うと純子は芹沢の腕を取って自分の腕を回した。
「じゃあねお兄ちゃん、明日から泊まりに来てあげるから」
「……ああ」
 鍋島は頷きながらも芹沢に敵意に満ち溢れた視線を向けた。
芹沢は平然と肩をすくめた。
 そして二人の乗り込んだ車は来た道を戻っていった。

 鍋島の住むアパートは、外観の愛想のなさとは逆に1LDKの
部屋は六畳の和室と十二畳ほどのリビング・ダイニング、それに
三畳ばかりのキッチンのついた、単身者には充分すぎるほどの
広さがあった。それでも家賃は駅から徒歩十分という立地条件の
良いこのあたりの賃貸住宅の中では比較的良心的な金額で、
すぐ近所に住む資産家の大家が所有する土地をただ遊ばせて
おくのも利口ではないという理由でアパートを建てたらしいから
それも納得できた。
 ただ、仲介の不動産屋が言うには今どきめずらしく大家の
希望する入居条件があれこれ細かくあるらしく、まず堅い職業に
就いていることがその第一のチェックポイントであるらしい。
そう言えば、鍋島以外の入居者も教師や銀行のOL、大企業の
研究員と、古い頭の人間なら喜びそうな仕事を持つ連中ばかり
だった。

 フローリングのリビングは中央の三畳分ほどが一段低く
なっていて、鍋島はそこに天然木のロー・テーブルを置いて
掘り炬燵のように使っていた。今はテーブルの中央に大きめの
土鍋が置かれ、周囲に鍋物用の食材が用意されていた。
ビールやウィスキーのボトルは肩身が狭そうに隅に寄せられて
いる。
 鍋島の退院を祝おうと麗子が言い出したのだが、彼の足の
具合を考えるとどこかの店では何かと不便だろうと、結局は
この部屋でやることになったのだ。真澄と萩原もそれに賛同した。
しかしこういうときはいつも料理番を担当している鍋島がいない
ので麗子も真澄もずいぶん手こずったようだ。それでも純子の
助けがあって、なんとか鍋島の注文通りの(彼も自分以外の
連中の料理のレベルを熟知していて、あえて手の込んだものは
要求しなかった)鍋料理を用意することができたのだった。

「──相方にも寄ってけって言うたらよかったのに。ここまで
送ってくれたんやろ?」
 持参したワインのボトルを開けながら、萩原は向かいに
座っている鍋島に言った。
「あいつはええねん。こういうの嫌がる」と鍋島は首を振った。
「だいいち、仕事でそれどころやあらへん」
「かえって迷惑掛けるか」
「ああ。俺がいてなかったから、相当無理してるみたいやし」
「だったら余計に、ちょっとここで息抜きしてけばよかったのに」
 隣の麗子が言った。
「……そう言うタイプやないんや」
 麗子はふうん、と言うと鍋島の格好をまじまじと眺めた。
「それであんた、その大袈裟な杖はいつ手放せるの?」
「大袈裟って、おまえなぁ、痛いんやぞ、これでも」
「見たところ、腹の方は完治してるみたいやけど」
「まだちょっと引きつるけどな」
 鍋島は左脇腹のあたりに手を当てて顔をしかめた。
「仕事は?」
「明日から行く」
「刺したやつは捕まえたのか?」
「まだや。ナイフ持ってそこらウロウロしてるんと違うか」
「気味の悪いこと言わないでよ。ヤクザか何か?」と麗子が
訊いた。
「いいや。未成年ではないけど、まだ子供や」
 萩原は溜め息をついた。「……どうかしてるな」
「とにかく、しばらくはおとなしくしてなくちゃ。ねえ?」
「……まあな」
 鍋島は面白くなさそうに言い、ビールをグラスに注いだ。
「あっ、ちょっと、何してんのよ」と麗子はそのグラスを取り上げた。
「駄目じゃないの。お酒なんか飲んじゃ」
「ええやないか、ちょっとぐらい」
「駄目よ」
 麗子は言ってそのビールを飲むと、自分の飲んでいた烏龍茶の
グラスを鍋島の前に置いた。「ほら、あんたはこれよ」
「鍋島。麗子の言うこときいとけ」と萩原は笑った。
「おまえらみんな、俺の怪我を面白がってるやろ」
「そんなことないって。おまえから一時はヤバかったって聞いて、
マジで心配したんやぞ。なぁ真澄ちゃん?」
「えっ、う、うん──」
 真澄は鍋島をちらりと見て、すぐに俯いた。
「どうしたん、今日はずいぶんおとなしいのと違うか?」
 萩原は真澄の顔を覗き込んだ。
「そんなことないけど……」

 真澄は部屋に鍋島が帰ってきて以来、ずっとこの調子だった。
鍋島の退院を一番心待ちにしていたのは彼女で、今日も朝から
上機嫌だったのに、彼が戻ってきた途端になぜか急に静かに
なってしまったのだ。自分でもまさかこんな風になるとは思って
いなかった。だが、どうしても彼の顔をまともに見ることが
できないでいた。
 さらに、たった今鍋島が麗子に差し出された飲み差しの
烏龍茶を渋々ながらも平気で口にしているのを見て、真澄の
心はひどく沈んでいった。そんなことくらいでいちいち落ち込む
自分が情けなかったが、彼女にはどうしても、その行為が
相手を異性として意識していないがゆえに取られたものだと
受け取ることができなかった。さらには、行為そのものよりも、
今やそれが自然となっている鍋島と麗子の関係の方が
ショックだったのだ。
 彼女のそんな様子を感じたらしく、麗子はさりげなく鍋島から
グラスを取り上げると、真澄をかばうように言った。
「慣れない大仕事してちょっと疲れちゃったのよね。ほら、
真澄はこの料理を用意するのに一番頑張ってくれたから」
「おまえが何の役にも立たへんからやな」
 萩原が大真面目に言った。
「……そんなツッコミは要らないわよ」
 鍋島は黙って新しいグラスに烏龍茶を注いでいた。実は
彼の方も、さっきから真澄と一言も話してはいなかった。
 見舞いに来てもらって以来逢うのは今日が初めてで、顔を見た
瞬間からなぜか無意識に彼女を避けてしまっていたのだ。
 あのときは彼女の頬に触れただけで、それ以上は何もなかった。
しかし彼には真澄の気持ちがはっきりと伝わったし、真澄も
鍋島が自分の気持ちを知ったのだと分かっていたようだ。
 つまり、そのときから二人は、お互いの存在を確実に意識
し始めていることに気づいたのだった。

 やがて宴会は退院したばかりの鍋島を気遣って、早い時間に
お開きとなった。
 萩原は電車で帰っていった。体調を崩して以来飲酒を控えて
いる麗子は完全に素面で、自分の車で真澄を京都まで送って
いくことにした。
「ここで待ってて。車を回してくるから」
 アパートの玄関前で、麗子は赤い顔の真澄に言った。
「うん、待ってる」真澄は嬉しそうに笑った。
「あんた、大丈夫なの? 何だか危なっかしいわよ」
 訝しげに自分を見つめる麗子に対し、真澄は急に真顔で答えた。
「大丈夫よ。ほんまはあたし、ほとんど酔ってないの」
「え、じゃ、どうして──」
「なんかあたし、勝ちゃんと話しづらくて」
「よく分かんないけど、とにかく話は車の中で聞くわ」
 麗子は首を傾げながら言い、車へと向かった。
 その後ろ姿を見送って、真澄はやがて溜め息をついた。
 結局、今日はほとんど鍋島と話すことはなかった。それどころか、
まともに目を合わせることさえできなかった。頬に触れられた
くらいでこんなになるとは、彼女は自分の純情ぶりに呆れていた。
中学生でもあるまいし。いや、最近は中学生の方がずっと
進んでるわ──。

「真澄」
 真澄はびっくりして肩をすくめた。鍋島に後ろから声を
かけられたのだ。
 そして自分の鼓動が聞かれてしまうのではないかと心配
しながら、ゆっくりと振り返った。
 鍋島はちょうど階段を下りてきたところで、少しバランスが
悪そうに立っていた。
「うん、なに?」
 真澄は引きつった笑顔を見せた。
「や、あの──今日はありがとうな」
「ううん。変な料理しか作れへんかってごめんね」
「いや、美味かったよ」
 そのまましばらく、二人は黙ったままだった。鍋島は右手に
持った補助杖で地面を突っついていた。
「勝ちゃん、もう部屋に入って。日も暮れて寒くなってきたし、
傷が痛むとあかんから」
「いや、大丈夫や」
「そんなことないって。ほんとに」
「あの、俺──」
「勝ちゃん、言わなくてええよ」
「え?」
「ええの、あたし、無理に答えてもらおうなんて思てないから」
「でも……」
「あたしの気持ちははっきりしてるわ。それを勝ちゃんが分かって
くれてたら、それでええの」
「ごめん」と鍋島はまた俯いた。「自分でも、あんまりええ加減な
態度でいたらあかんと思てるんやけど、正直なとこ、まだよう
分からへんのや」
 真澄は黙って鍋島を見つめた。今にも泣き出しそうになって
いる自分がよく分かった。
「ええ加減なヤツやて思てるやろ。けどもうちょっと待ってくれたら、
ちゃんと答えが──」
「無理にそんなことしてくれなくてもええよ」
「けど──」
「ただ、一つ教えて」
「え?」
「勝ちゃんは──」真澄は鍋島から顔を背けた。「あたしとは、
今の関係が一番ええと思てるんと違う?」
「それは……」
 鍋島は口ごもった。真澄のこういう言い方が意外だった。
「そうなんやね?」
「そんなこと、考えたこともなかったし──」
「そう。ほなええの」
 真澄はやっとにっこり微笑んだ。何かが吹っ切れたような、
いや何かを吹っ切ろうとしているような笑顔だった。
 そこへ麗子の車がやってきた。真澄は名残惜しそうに、鍋島を
見たまま後ろ向きにゆっくりと歩き出した。
「……じゃあ、またね」
「うん、気をつけてな」
 真澄がドアを開けて乗り込んだ。小さくクラクションが鳴り、
車は滑らかに走り出した。


 独特の匂いが染みついたエレヴェーターの壁に背をもたせかけ、
表示板の数字が小さい順に点灯していく様子を眺めながら、
芹沢は自分がここ数週間の間に病院ばかりを訪ねていることの
憂鬱さを考えていた。
 息子に刺された生島則夫と妻の美代子が手当を受けた
西天満署管内の総合病院に始まって、杉原刑事の収容された
同じく管内の救急病院、京橋(きょうばし)の楠田病院、鍋島が
担ぎ込まれたのは天王寺にある警察病院だった。

 そしてここ、山口紫乃の入院している城東区の病院で実に
五箇所。
 強行班に身を置く刑事である以上、病院とは何かと縁の
あるものと自覚していたが、ここまで短期間の間にこんなにも
多くの病院を──しかも楠田病院以外ではすべて患者の立場の
人間に用があって──訪ねたのは初めてだった。
 別に構やしないさ、と芹沢は結局は自分にそう言い聞かせた。
 怪我をした連中には気の毒だが、俺にはどれほどの意味も
ない。痛いだろうし、辛いだろうし、悔しいだろう。だけどこっちは
仕事をするまでだ。だってほら、あんたらはそうやって生きて
いるんだから。生きて、どんな形だろうと生きて、つまりは医者の
診療行為を受けるチャンスを与えられてるんだ。
 同じ建物のどっか隅っこにある、霊安室ってとこに入れられ
てるよりましだろ。あそこにはもう、決して医者は来てくれないん
だぜ──。

 山口紫乃の病室の前に立ったとき、中から女の話し声が
聞こえてきた。『元今飯店』の原田の妻が来てるのだろうと思った。
 紫乃が担ぎ込まれて以来、身よりのない彼女の看病をする
ために食堂の営業時間の空きを利用して毎日のように訪ねて
きているらしい。
 芹沢は廊下で待つことにした。紫乃が襲われて約三週間、
今日の午後になってようやく許可が下りた事情聴取の機会
だったから、すぐにでも部屋に入って先客に引き取ってもらっても
良かったのだが、湿っぽい空気に巻き込まれたくなかった。
 ドアのすぐ横にある長椅子に座って腕を組み、壁に背をつけると
目を閉じた。そのまま眠れそうなくらい疲れは溜まっていた。
だとしても、おとなしくここで座り込んでしまって立ち上がれないで
いるなんて、ついさっき考えていたことは早くもどこへ追いやって
しまったというのか。つまり俺は──ヤキがまわっちまったって
ことか?
 そんな愚にもつかないことを考えながらも、刑事としての聴覚は
確かに働いていたのだろう。病室から漏れてくるその話し声を
彼は聞き逃さなかった。途切れ途切れの言葉は暗く沈み、
そして悲しく震えている。激しい懺悔、未来なき明日への絶望、
そして紛れもない恐怖。他には何もないまったくの静寂の中で、
ただひたすらにそれらが語られていく。芹沢はゆっくりと薄目を
開け、組んだままの腕で時間を刻む時計を見つめた。午後
六時半だった。
 なるほど、食堂は今がかき入れ時だ。原田の女房なら、
ここに来られるはずもない

 やがてその話し声は嗚咽の中に埋もれ、涙とともに彼女たちの
中に消えていった。壁一枚隔てたこちら側で、やり場のない
エネルギーを抱え込んだまま岩の中に閉じこめられた孫悟空の
ように、その意志に反してただじっと押し黙っている一人の刑事が
いることも知らずに。
 芹沢は立ち上がった。そして廊下を戻りながら、鍋島の野郎、
腹の傷と引き替えにずいぶん厄介なことを俺一人に押しつけて
くれるもんだぜと心の中で相棒に毒づいていた。

 


 その夜遅く、鍋島がベッドの上で眠れずにぼんやりしていると、
すぐそばに置いた電話が鳴った。
「はい、鍋島です」
《──勝也、あたしよ》
 麗子だった。
「……ああ」
《今さっき、真澄を京都まで送って戻ってきたの》
「ゆっくりやったんやな。道、混んでたんか」
《違う。おばさまたちに引き留められたから》
「そうか」
《あんた、どうしてあの子の気持ちに答えてあげないの?》
 麗子は怒っているようだった。
「どうしてって……俺もよう分からへんのや」
 鍋島は咄嗟に答えた。「おまえ、あいつから聞いたんか?」
《聞いたわよ》
「そうか、ほな、聞いての通りや」
 鍋島は少し投げやりに答えた。そんな彼をなだめるように、
麗子は静かに言った。
《──ねえ、勝也》
「なんや」
《あたしが今まで、あんたの女関係でここまで口を出したことが
あった?》
「いいや」
《でしょ。こんなこと、人にとやかく言われてどうなるものでも
ないからね。でも、今度だけは違うわよ。あたし、しっかり
言わせてもらうからね》
「ああ、そう」
《……分かるでしょ。彼女はあたしの従妹なのよ》
「ああ」
《ねえ。真面目に考えてくれてる?》
「大真面目やて。俺かて、真澄は大事な友達やと思てるし、
ええ加減なことはしとうないんや」
《友達ねえ……》と麗子は溜め息をついた。
「しゃあないやろ。実際友達なんやから」
《あんた、彼女から何も聞いてないの?》
「何を」
《──やっぱり》
 麗子は考え込んでいるようだった。
「なんや、何かあるんか」
《……彼女ね、親に見合いしろってせっつかれてるのよ》
「見合い── 」
《知らなかったのね。真澄はね、あんたにそれを言って
追い詰めるようなことしたくなかったのよ》
「そうか」
《勝也。あの時と今は違うのよ》
「……分かってる」
《今度はもう、学生じゃないんだからね。いつ結婚したって
おかしくない、もうすぐ二十九歳の立派な大人なのよ》
「そうやな」
《あんたの答えがイエスかノーか、あたしもそこまでは指図する
つもりはないわ。ただ、誠実な返事をして欲しいだけ》
「俺もそのつもりや。せやから、時間がかかっても待ってて
もらいたいと思てたんや」
 鍋島は言ったあと、溜め息をついて声の調子を落とした。
「けど見合い話があるんやったら、待ってられへんな」
《あんたにとっては、ちょっとハンディが大きいとは思うけど──
せめて、七年前みたいなことをするのだけはやめて欲しいの》
「ああ、それは分かってる」
《悪いわね、病みあがりなのに余計なこと言って》
「俺の性格知ってるから、腹立つんやろ」
《ほんと。優柔不断にもほとほと困ったもんだわ》
 麗子は笑いながら言い、やがて電話を切っていった。
 受話器を戻した鍋島は、そのまま電話をベッドのそばの
テーブルに置き、代わりにやっぱり飲んでしまったビールの
缶を取って口に運んだ。

 麗子にああ言ったものの、鍋島は本当のところは真澄を
どう思っているのかまだ分からなかった。ただ、自分が
彼女のようなお嬢様育ちの女性を受け止めるだけの甲斐性が
あるとは、どうしても思えなかった。
 ふうっと長い息を吐き、ゆっくりと身体を倒した。足の傷が
微かに痛んだ。

 

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