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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第五章  1 ~


第五章 In A Sentimental Mood 


         1

 それから一週間が過ぎたが、相変わらず真澄は見合いの
ことで迷っていた。
 父親を通して彼女に持ち上がった見合い話は決して悪くは
なかった。
 今の彼女に強い結婚願望があれば、ひょっとしたら受けて
いただろうし、鍋島とのことに希望が見いだせないなら、何とか
この見合い話がうまく行くようにと会う前から気合いの一つも
入れていただろう。
 しかし、彼女には今のところまったく結婚に対する前向きな
気持ちはなかった。二十五歳だし、世間で言うところの適齢期を
迎えようとしているのも分かっていたが、自分はまだあと
二、三年先でいいと思っていた。

 何より、今の彼女の心は、鍋島だけに占領されていたのだ。

 三年前、麗子に紹介されて初めて彼に会ったとき、彼女は
たちまち彼に惹かれてしまった。いったい彼のどこがそんなに
気に入ったのかと訊かれれば答えにくいが、彼のことは
それ以前からよく麗子から聞いていたし、どうやら真澄は
その時から、まだ会ったこともない話の中だけの鍋島に魅力を
感じていたようだ。だから実際に会った瞬間、イメージ通りの
彼がいっぺんで好きになったのだ。

 それからずっと、彼女は静かにその想いを育ててきた。だから
見合いなどしたいとは思わなかった。たとえ鍋島への気持ちが
実らなくてもだ。

 彼女は心底彼に恋をしているのだった。

 それでもようやく決めたことと言えば、父親に見合いを
受けるかどうかの返事をする前に、とにかく鍋島に自分の
気持ちだけははっきり伝えようということだけだった。それに
対して鍋島から答えをもらおうとか、その内容がどういうもの
なのかなどということは考えられなかったし、考えようとも
しなかった。
 とにかく自分の思いを伝えること。そうしないことには、
どんな話にもその先などないと思ったのだ。

 ただ、ある意味そんな中途半端な決心だけしかできなかった
ので、彼女はどうもすっきりした気分にはなれず、毎日を憂鬱な
思いで過ごしていた。
 そして彼女は結局、自分を一番よく知っていて、また味方に
なってくれるだろう麗子を芦屋の家に訪ねた。


 麗子は真澄が一通り話し終えるまで、黙って煙草を吹かし
ながら腕を組んで聞いていた。
「──まったく、皮肉な話よね」
 麗子は溜め息をついて煙草を消した。「今思うと、あんな話
しなけりゃよかったかな」
「ううん、かえって聞いといて良かったと思てる」
「そうよね」
「でも、どっちにしてもあたし、今は結婚する気なんてないねん」
「お見合いしたからって、結婚しなくたっていいじゃない」
「……麗子、あんたそんなことやからまだアメリカっ気が抜けて
ないって言われるのよ」
「どうせなら、アメリカナイズされてるって言われたいわね」
「向こうがわざわざ身内を通してうちの父に言うてきてるのよ。
お見合いして気に入ったら即結婚、ってことになりかねへんわ」
「じゃあ、何も勝也のことをどうこう考える前に、はっきり『結婚する
気がないから』って断ればいいじゃない」
「それがそう簡単に行かへんのよ。父も母も、遠回しに受けて
欲しいみたいなこと言うから。好きな相手でもいてへん以上、
とても断れそうにない雰囲気やねん」
「確かあんた、春にもそんなこと言ってお見合いさせられそうに
なってたじゃない。あれはどうだったのよ」
「あのときは両親もあまり乗り気と違たから、結局立ち消え。
今度の場合は全然違うわ」
「じゃあ一度会うだけ会って、断っちゃいなよ」
 麗子は立ち上がると、キッチンにコーヒーのお代わりを
入れに行った。
「うん……でも……」
「あ、そうか」
 と麗子は立ち止まり、真澄に振り返った。「勝也に余計な誤解
されちゃうか」
「うん。そやからもう、この際あれこれ考える前に、勝ちゃんに
はっきり気持ちを伝えた方がいいのかなと思て」
「それは賢明な考えよ。お見合いの件は別にして、あいつは
はっきり言ってやらないと分からない奴だから」
  麗子は二人のカップにコーヒーを注ぎ足した。


 そこへ電話のベルが鳴り、麗子はカップを置いて取りに行った。
「──はい、三上です」
 相手の声を聞いて、麗子は笑顔になった。「ああ、豊。
このあいだは突然職場に押し掛けてごめんね」
 真澄はコーヒーを飲みながら麗子を見つめていた。
「何ですって?!」と麗子は顔色を変えた。「それでどうなの?
うん、うん、そう……で、病院はどこ?」
 麗子はメモ用紙を引き寄せてペンを走らせた。真澄は
状況が読みとれないなりに、不安げに麗子を見つめていた。
「──うん、分かったわ。え? 真澄? ちょうど今ここにいるのよ」
 麗子が真澄に振り返った。真澄は自分を指差して、声を
出さずに口だけで「あたし?」と訊いた。
「──うん、じゃあね。忙しいところをありがとう」
 麗子は受話器を置くと、真澄に振り返った。
「大変よ。勝也が刺されて重傷を負ったんだって」
「!………………」
 真澄は手で口もとを覆い、絶句した。
「大丈夫。刺されたのは先週で、思ったより経過は良好
らしいわ。豊がね、勝也に用があってさっき署に電話して
分かったんだって。それで知らせてくれたのよ」
 そして麗子はメモ用紙を差し出した。「あんた、明日病院へ
行ってらっしゃい」
「麗子は?」
「あたしは明日講義があるから。近いうちに行くわ」
「……でもあたし……勝ちゃんを怒らせてしもて……」
「まだそんなこと言ってんの?」
 と麗子は小さく舌打ちした。「真澄あんた、勝也のことが
好きなんでしょ?」
「うん」
「だったら明日行くのよ。何で勝也を怒らせたか知らないけど、
何も言わなくていいのよ。どうせあいつはいつまでも根に
持ってやしないから」
「……分かった」
 真澄は力なく言って麗子を上目遣いで見た。
「……何て顔してんのよ。ほら」
 麗子は呆れ顔で微笑むと、真澄の手を取ってメモを握らせた。 

  

 翌日真澄が病室に行ったとき、鍋島は眠っていた。
 真澄は給湯室で買ってきた花を持参した花瓶に生けた。
 わざわざ花瓶まで持ってこなくても病院で借りれば良さそうな
ものだが、専門家ゆえのこだわりからか、それとも恋する女の
強い思い入れか、是非とも花に合った花器で生けたいと思い、
京都から運んできたのだった。

 見事に生け込まれた花瓶を抱え、真澄は静かに病室へ
戻ってきた。
 ベッドの脇のテーブルには先に誰かが持ってきたらしい
アレンジフラワーが飾ってあったので、彼女は自分の花を
小さな冷蔵庫の上に置いた。
 そして二、三歩後ずさりすると、またしても強い思い入れが
働いて、花を抜いては別の場所へ差し替えるという作業を
繰り返した。

「真澄」
 びっくりして振り返った。目を覚ました鍋島が、穏やかな表情で
こちらを見ていた。
「来てくれてたんか」
「うん」と真澄は小さく頷いた。「……大丈夫?大変やった
みたいやね」
「見ての通りや。ここと、ここを刺されてな。一時はヤバかったらしい」
 鍋島は左脇腹と右の太股のあたりを指差した。
「ゆうべ、萩原さんから麗子のとこに連絡が入って……何も
知らんかったわ」
「あいつこの前、俺のとこに泊まっていったんや。次の日に
俺んとこから出勤して行って、夜に電話くれたらしいんやど、
俺が刺されたんはその日やし。それから俺の電話がずっと
留守電になってるのが気になってたみたいで、昨日になって
署に連絡してきて俺のことを知ったらしい」
「……痛そうやね」
「だいぶましになったけどな。傷口が塞がらへんうちはキツかった」
「しばらく入院?」真澄はまだ立ったままだった。
「ああ。でも経過は順調らしいし、今月末には退院できる
やろうって」
「そう……」
「出てもしばらくは松葉杖とギブスらしいけどな。リハビリにも
通わなあかんし、でもちょうどええんや、走り回らんで済むし」
 鍋島は笑った。真澄もぎこちなく笑った。見舞われている
はずの鍋島が、見舞いに来た自分を気遣ってくれているのが
よく分かった。それだけに真澄は彼の優しさが嬉しくて、同時に
自分が情けなかった。
「麗子ね、今日は大学があるから来れへんって。近いうちに
顔出すって」
 こんなときにどうして麗子のことを口にしてしまうのだろうと、
真澄は自分が歯痒かった。
「なんや、もうすっかり仲直りしてるみたいやな」
「え、あ、うん……」
「やっぱりな。俺の言うた通りや」鍋島は口もとを緩めた。
 真澄は笑おうと努力している自分の顔がだんだんと歪んで
いくのが分かった。
「勝ちゃん、あたしこのあいだ──」
「もう言うな」
「でも……」
「もうええから。な?」
 鍋島のこれ以上ないかのような優しい言い方に、真澄の胸は
喉のあたりまで熱くなり、痛みさえ感じた。

 麗子といい鍋島といい、どうしてこんなに優しく自分の過ちを
許してくれるのだろうと考えた。答は簡単だった。二人とも
自分よりは数段大人で、子供じみた自分の発言など、いつまでも
責めるに値しないと分かっているからだ。たとえ二人がそう
思っていなくても、彼女にはそう思えた。そう考えるとさらに
情けなく、哀しくなった。

「ごめんね……」
 やっとの思いでそう言うと、彼女の瞳からは涙がこぼれた。
 すると鍋島の顔が一瞬、苦痛に歪んだようだったが、すぐに
彼は微笑んで手招きをした。
「……こっちへおいで」
 真澄は弱々しく頷いて、まるで恐る恐るという感じでベッドに
近づいていった。
そしてそばの椅子に座るなり、すぐに俯いた。
 鍋島は手を伸ばして真澄の頬を包んだ。それからその手を
そっと裏返し、伝っている涙を拭った。
「何も泣くことなんてないんやで」
 その言葉だけで充分だと、真澄はそのとき心から思った。

 同時に、なぜか麗子に対する敗北感で一杯になった。

 
  


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第五章 2 

 

 

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