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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

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~ 第二章  3 ~

 
          3

 病院に着くと、三人はロビーで待っていた少年課の大谷淳(おおたにじゅん)
刑事に案内されて杉原の収容されている救急病棟へと向かった。
  秋田が奈津代を連れてICUの前にいた看護婦に声をかけるのを見届けて、
鍋島は大谷とともに一般病室の並ぶ廊下に戻ってきた。

「どうなんですか。助かるんですか」
 鍋島は大谷に訊いた。
「何とも言えん。会議で怪我の具合は聞いたやろ。課長、何て言うとった?」
「──首まで棺桶に入ってるって」
「正しい表現やな。誇張でも何でもない」
「警官襲撃とはせんといてくれって、杉原さんが言うたそうですね」
「殺生なこと言わはるで、あの人も」
 大谷は苦笑した。今にも泣き出しそうだった。
「でも、杉原さんが私的な理由であそこまでやられたとは考えにくいでしょう。
相手は刑事としての杉原さんを襲ったんやと思いますけど」
「あたりまえやがな」と大谷は鍋島を見た。「ただな。刑事としてだろうが
杉原信一個人としてだろうが、あの人はそう易々と人に恨みなんか買う
安っぽい男とちゃうで」
「分かってます。さっき奥さんに聞いたけど、非番のときでも子供らのことを
心配して訪ねてまわってたって」
「せやろ」
「ただ、中には杉原さんの気持ちが通じひん子供もいてるんやないですか。
大人が──とりわけ警察官がそれだけ自分に親身になってくれるってことが
どうしても信じられへん子供はいますよ。せやから杉原さんも気に掛けて
たんでしょう。でも相手がそれを疎ましく思うことかてあると思います。
あの年頃の子供って、極端な話、自分以外の人間はみんな敵やと
思ってんのかってぐらいとんがってるもんなんでしょう」
「よう分かってるみたいやな。身に覚えがあるか」
「別に。俺の場合は母親が死んで、余裕がなかったから」
「親父さんは警官やしな。グレとうてもグレられへんかったってわけか」
「最悪や」と鍋島は舌打ちした。
「そうクサるな。まっとうに来れたってことはええことやで」
 大谷は一瞬だけ笑顔になったが、すぐにまた深刻な真顔に戻った。
「ただ、今回の犯人が子供やと決められるもんでもないがな」
「杉原さん、西天満署(うち)の前は確か──」
「茨木(いばらき)で地域課や。駅前の交番にいた。けど、もう六年も前の話や。
そのときの因縁が今になってこんな事件を引き起こしたとは考えにくいのと
ちゃうか」
 大谷は首を捻った。鍋島も溜め息をついて頷いた。

 二人は廊下の天井からぶら下がる案内表示に従い、喫煙所に向かって
歩き始めた。廊下を突き当たり、左に曲がってすぐのエレベーターホールの
隅っこにあるそれは、病院という場所柄のせいか、いかにも「遠慮しろ」
という感じの狭苦しさだった。
 しかしその前まで来たところで、二人は愕然とした。
 ドアには『使用禁止』の貼り紙があったからだ。
 二人は黙って引き返した。
「せや、相方が来てたで」
「芹沢が?」
「さっきまでICUの前にいたんやけど……どっか行ったか」
 二人は周囲を見回した。
「帰ったんかな」
「なあ鍋島。あいつには気ィつけとけよ」
 大谷は鍋島を見下ろす目を細めて言った。
「杉原さんの復讐にトチ狂うってことですか」
「ないとは言い切れへんやろ。主任とは仲が良かったんやし」
 そう言うと大谷は微かに首を振った。「いや、やっぱりあいつに限っては
それはないのかも知れんな」
 鍋島は少し怪訝そうに大谷を見上げた。「何でそう思います?」
 鍋島のこの問い掛けが、ただの相槌がわりに出たものではないことを、
大谷は瞬時に見抜いたようだった。
「人当たりの良い、けどちょっと生意気な女好きのあんちゃん。腹の立つほど
ええ男で、せやから何をしてもサマになって、しかもさほど嫌味にもならん。
それが芹沢やろ」
「まあね」
「けどほんまのとこ、それはあいつのうわべだけ、薄っぺらな表面の皮一枚に
過ぎひん。せやないか?」
 大谷はじっと鍋島を見つめた。「みんなもう分かってる」
「まあ、確かにそんな爽やかな奴ではないですけどね」
 と鍋島は軽く笑った。
「語弊があるのを承知であえて言うが──あいつの精神というか、内面には
大事な感情が一つ抜け落ちてるような気がしてならん」
「感情が一つ?」
「ああ、一つ」
「何ですか、その一つって」
「愛情や」
「愛情ね」鍋島は下を向いた。
「せや。異性に対する恋愛感情に限ってのことやないで。自分以外のものに
対するすべての愛情──ひょっとすると、自分に対する愛情すら忘れて
しまってるような絶望的な痛々しさを、俺はときどきあいつに感じるんや」
 鍋島は黙っていた。大谷の言うことは間違ってはいない。人当たりの良い
スマートな好青年、それは確かに芹沢の一つの顔だが、厳密に言うと
昔の名残のようなものだった。過去にそんな人格だった頃もあったから、
今でもそう振る舞える。そういうことだ。
 そして、芹沢の精神から欠落したらしきその愛情とやらの行き先も鍋島は
知っていた。──天国だ。

 そのとき、電話の呼び出し音が鳴った。大谷が上着をめくって
内ポケットの携帯電話を取り出した。
「──はい、ええ、はい、ちょうどここに」
 大谷は鍋島に振り返った。「植田課長からや」
 鍋島は大谷が差し出した電話を受け取った。西天満署でも今や
刑事のほとんどが携帯電話を使用しているが、鍋島は持って
いなかった。
 仕事でも私用でも、本来電話連絡に関してはことのほか不精者の
彼にとって、携帯電話など無用の長物だと思っていたからだ。
自宅にも刑事部屋にも電話はあるし、少なくなってきたとはいえ
街には公衆電話だってある。仕事中なら芹沢の携帯もある。ただし、
あいつの場合はやたら女から掛かってくる電話が多く、そのせいか
よく電源を切っているが。それでもどうしても連絡が必要なときには、
こうやって今みたいに何とかなるものだ。
「俺です」
 そう言ったあと鍋島はしばらく黙って上司の用件を聞いていた。
それが終わると、相手に「はい」とだけ言って隣の大谷に電話を
返した。そして大谷がその電話で話し始めたのをきっかけにその場を
離れた。芹沢を捜すためだった。

 今のあいつは──芹沢という男は──自分で決めたある一つの
目的のためだけに存在している、ただのヒトという生き物だった。
目的のためには生きなければならないし、働いて飯を食って、眠って、
ときには本能に従って女も抱く。それだけのことだ。だから誰にも、
そんな人生は間違っているとか、大切なのは愛だとか夢だとか
守るべき誰かだとか、くだらない戯れ言は言われたくない。
 いいか、俺を無視してくれて結構だから──俺に構うな。そういう
スタンスで生きているやつだ。
 気に入らないが、確かにそうだった。

 エレベーターホールを過ぎ、もとの廊下を戻りだした鍋島は、
さっきは誰もいなかったはずの長椅子の一つに、芹沢が頭を
抱えるように前屈みで座っているのを見つけた。
 鍋島はゆっくりと近づいていった。すると、その気配を感じてか
芹沢が顔を上げた。そして鍋島がすぐそばの壁により掛かって
腕組みしたのを認めると、自分も身体を起こして背を預けた。
「携帯切ってたやろ」鍋島が言った。
「ここ、どこだと思ってんだ。病院だぜ」
「──あ、そうか」
「常識じゃねえか」と芹沢は面倒臭そうに溜め息をついた。
「で、誰が呼んでるんだ」
「課長。決まってるやろ」
「俺を外そうってか」
「そんな余裕あらへん。会議室で聞いたやろ、うちだけでやるって。
猫の手も借りたい状況のはずや」
「猫の手ね」
「そう。けどおまえ次第では、猫の手の方がましってことになりかね
へん」
 芹沢はふんと鼻を鳴らした。「仇なんて討つつもりはねえよ。何が
あったのか突き止めるだけさ」
「そのあたりのラインがちゃんと引けるのかどうか、おっさんは
それを確かめて釘刺しときたいんやろ」
 鍋島は言ってひょいと肩をすくめた。「俺も一緒に呼ばれてるんやで。
どういうわけやねん」
 芹沢は鍋島のとぼけぶりに思わず笑った。そしてようやくその硬い
表情を和らげ、懐かしそうな眼で足下の一点を見つめるとぽつりと
言った。
「──この街も、あながち悪いとこじゃなさそうだな」
「え?」
「二十歳そこそこで人生ってやつを投げちまった青二才がよ、
ここへ来たおかげで何とかまともな生き方を取り戻したんだから。
そうだろ?」
 振り返った芹沢を、鍋島は何も答えずに見つめた。

 さっきの話だ。ある一つの目的のためだけに存在している、
ただのヒトという生き物。そうなることを決めたのは、芹沢が
十九歳のときだった。それまではどちらかと言えばお坊ちゃん
育ちの硬派な青年だった彼は、八年近く前のある悲惨な出来事に
よって一度は死に、地獄へと堕ちた。
   しかし彼はすぐに、それだけは変わることのない甘いマスクの下に、
強い毒と哀しく歪んだ精神を潜ませて生まれ変わった。そして
相変わらず見続けなければならなくなった悪夢を精算するために、
大阪で警官になったのだ。まともな生き方を取り戻したと彼は今、
言ったが──そんなのはまやかしだ。鍋島には分かっていた。

 芹沢は再び目を落として続けた。
「……杉原主任には、俺が転属してきてまだひと月たつか
たたねえかのうちに、正体を見破られたんだ。いつだったか
──宿直の夜に、ふらりと刑事課に入ってきてよ。確かおまえは
仮眠室かどっかで爆睡してていなかったけど」
「うん」
「いきなりだぜ。『きみはちょっと病気やな』だってよ。なに言って
やがると思ったけど、他の課の先輩だから相手しないわけには
いかねえと思って適当に返事してたら、あっちは全然真剣でよ。
おまけに耳の痛いことをどんどん言ってくるんだ。腹が立ったし、
反感も持ったけど、正直言ってちょっと怖くなった。心の中を
見透かされたって言うか──かき乱されたんだ。でもそのうち、
何だかほっとした気分になってた。びっくりだぜ」
 芹沢は自嘲気味に笑って鍋島を見上げた。鍋島は黙って頷いた。
「それからときどき、仕事の帰りにメシに誘われるようになってよ。
刑事って仕事のこととか、俺自身のこととか、十歳近くも年下の俺に、
ほんとに生真面目に話してくるんだ。面倒臭えなと思ったけど、
その勢いに負けたって言うか、まっすぐな心根にほだされたって
言うか、俺みたいな人嫌いが、結局は杉原さんの話だけは全部
ストレートに受け入れることができるようになったのさ」
「想像つかんな。普段のおまえからは」
「別に使い分けてるわけじゃねえけど、あの人の前でだけは努力して
自分を正常な精神状態に留めておくことができるんだ。そうすることを
強いられてたわけじゃなかったけど、自分からそうしたいと思ったんだ。
この人の前ではとことんワルにはなれねえって、そんな感じかな」
 杉原主任が少年課の優秀な刑事で、西天満署内で最も人望厚き
人物である理由、それはつまり今芹沢が言ったようなことなのだろう。

 芹沢は深く溜め息をついた。今にも怒りで爆発しそうになっているのを
必死で我慢しているのが分かった。そして喋ることでそれをくい止め
ようとしているかのように話し続けた。
「俺がこの街に来た理由はおまえも知っての通りだ。杉原さんだって
見抜いてると思う。昔の話をしたからな。だけど、あの人のおかげで、
こうしてなんとか踏ん張れてるところもあるんだ ──まともな刑事としてさ。
だってそうだろう、本当なら俺は警官なんかとは一番遠いところにいる
はずの人間さ。間違いなく商売女のヒモで、いずれは人殺しだ」
「おまえはそんなやつやない。そんなアホやない」
 いやそうさ、と芹沢は首を振った。「そう簡単に、古い悪夢にとらわれてる
自分を捨てられやしねえ。でもときどき、何とかこの道でなら立て直せる
かも知れない、ここならやっていけるかも知れないって思う自分がいる
ことも事実さ。俺さえその気になれば、やり直そうと考えることだって
できるってことを、知らねえうちに杉原さんが促してくれてたんだ」
 芹沢は顔を上げ、窓の向こうに広がる青空を仰いだ。
 そしてゆっくりと立ち上がると、今度は力強い意志で引き締まった顔を
鍋島に見せた。いつもの生意気な、得体の知れない男に戻っていた。
「とにかく、ちゃんとやるさ。誰にも文句は言わせねえ」
 鍋島は頷いた。
 まともな生活を取り戻したというのはごまかしではないのかも知れない。
廊下を行く芹沢のあとに続きながら、鍋島にはどっちなのか分からなく
なってきた。
 でもきっと、当の芹沢にもそれは分かるまい。



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