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およそ【文学】とは言い難いけれど。

みなさまのコーヒーブレイクのおともにでもなれば・・・。

~ 第七章  2 ~


         2 

 真澄が待ち合わせ場所にやってきたのは、約束の時間の
十分ほど前だった。
 阪急梅田駅二階の改札口を出た彼女は、エスカレーターを
降りて紀伊国屋書店の前に来た。見渡す限り若者で溢れ、
その誰もが目一杯のお洒落をしていた。
 いったい今夜は何組のカップルがこの街で一年のうち最も
大切なイベントとされるイヴを過ごすのだろうか。
 この日のために男は彼女の注文通りのプレゼントを買うための
資金を調達し、女は自分の体を磨きに掛かる。
 その結果、高級宝飾店に若い男の列ができ、わずか数日後には
その贈り物を手にした女が質屋に換金に訪れるのだという。
 果たして本当なのだろうか?

 しかしそんな世間のマニュアル通りのイベントとは違って、
真澄にとっては本当に大切な夜だった。
 久しぶりのデートで、それだけでも結構ときめくものがあるのに、
相手は何と鍋島なのだ。しかも今日は彼の誕生日でもある。
 そして何より、今日のこのデートを誘ってきたのが彼の方だという
事実に、彼女は一番ときめいていたのだった。

 真澄は書店のガラスに映った自分の姿を上から下まで眺めた。
京都の家を出てからもう何度もこのチェックを入れている。
 鍋島から今日の誘いを受けた翌日から、あちこちのブティックを
巡って探し当てたドレス・スーツだった。着物以外の衣装を選ぶのに、
こんなに迷ったことはなかった。襟に刺繍をあしらった、シンプルな
シルエットの明るいワインカラーのスーツ。アクセサリーは清楚に
パールでまとめた。ヘア・スタイルもできるだけすっきりとまとめ、
その中でも華やかさを失わないために毛先をカールさせた。
 バッグとパンプスは黒。黒のカシミヤのコートは、今は脱いで
腕に掛けていた。
 真澄は腕時計を見た。鍋島が時間通りに来るとは思って
いなかったので、六時を廻っていていもちっとも気にならなかった。
 そして今度はバッグと一緒に持っていた小さな手提げの紙袋を
覗き、彼に渡すプレゼントの包みを見てにっこりと笑った。
「真澄」
 声を掛けられ、彼女は顔を上げた。そして相手を見て驚いた。

 目の前に立っていた男は、とてもいつもの鍋島とは思えなかった。
スーツ姿の彼など、この三年間で初めて見たように思った。いや、
ひょっとして一度くらいそんなことがあったのかも知れないが、
とうに忘れてしまっていた。

 真澄はやっとの事で口を開いた。
「──あ、早かったんやね」
「うん、まあ──」
 鍋島もちょっと呆然として真澄を見つめている。
「勝ちゃんもそんな格好することがあるんや」
「あ、うん。今日ぐらいはな」
 それから二人は少し遠くのタクシー乗り場まで歩いた。待ち合わせ
場所の近くにもあったのだが、少し前からまた降り始めた雨のせいで
長蛇の列が出来ていたのだ。
 誰もが雨から逃れるために店の軒先を選んで歩いていた。途中、
真澄はすれ違う人々や水たまりを避けるのに何度か手間取り、
鍋島に後れをとった。そのたびに彼は後ろを振り返り、彼女を
気遣った。

 少しだけタクシーを走らせ、二人は真澄の希望だった新梅田シティの
スカイビルにある空中庭園展望台に上った。
 イヴの夜だけあってエレヴェーターは満員だった。
 周りの客にあちこちから押され、小柄な真澄はまっすぐ立っている
ことができなかった。すると、鍋島が彼女の背中にそっと手を回し、
自分の方に引き寄せた。それで彼女は、俯いたまま彼の腕の中で
立つ格好になった。
 たったこれだけのことをされただけで、彼女の心臓は喉から
飛び出さんばかりだった。
 ゆっくりと顔を上げると、彼は扉の上の通過階を示す数字を
見つめていた。そしてその素っ気なさが、一瞬ではあったが彼女を
不安にさせた。

 展望台に着いた二人は、カップルの多さに一瞬圧倒されながらも、
しばらくは同じように眼下に広がる大阪の夜景を楽しんだ。鍋島は
多くを語らず、時折真澄の顔を見てはにかんだように微笑むだけ
だったが、彼女にはそれで十分だった。
 周りのカップルたちと同様に、自分たちも恋人同士に見える
だろうかと考えた。
「──どうする、もう行く?」
 やがて鍋島が訊いてきた。
「あ、うん。来れて良かった。一度来てみたかったし」
 真澄は大きく頷いて笑った。
「そうか」と鍋島も笑顔になった。
 真澄はもう一度頷いた。
 そうよ、まだ始まったばかり。これからもっと楽しくなる──。


 食事に向かうタクシーの中でも鍋島はあまり喋らなかった。時折
真澄が見ると、彼もちらりと視線を向けて、またすぐに前を見た。
対向車のヘッドライトに浮かび上がった彼の横顔からは、いつもの
少年らしさは伺えず、どこか厳しい男臭さだけが目に付いた。 しかも
その表情は、何か考え事をしているように真澄には思えた。
 無理もない。警察の仕事にクリスマスも正月もあったものでは
ないからだ。
「神戸へ?」
 真澄は訊いた。
「うん。ちょっとパターンやけど」
 彼女はそれでも良かった。いや、むしろ期待通りと言っても良かった。
自分もやっぱりミーハー人間なのだとこのとき気づいた。

 神戸らしい異国情緒の漂う落ち着いたレストランで、二人は
綺麗にセッティングされたテーブルに案内された。茶色を基調とした
クラシックな調度品がさりげなく飾られている店内には、二人と同じ
年頃のカップルは少なく、もう少し年配の男女がほとんどだった。
「お誕生日おめでとう」
 真澄はにっこり微笑んで、鍋島の前にプレゼントを置いた。
「ありがとう」と鍋島も小さく笑った。「二十九歳や」
「開けてみて」
 鍋島はラッピングを解き、中のケースを開けた。これもまた
腕時計だった。
 こちらの方はステンレスのベルトで、部分的に18金が使われていた。
「俺はよっぽど時間にルーズやと思われてるんかな」
「え?」
「いや、ええねん。ありがとう。大事にするよ」
 真澄の顔に、幸福そうな笑みが広がった。
 今度は鍋島が真澄にクリスマス・プレゼントを渡した。可愛らしい
ボールチェーンの先に立体的な薔薇の付いた、プラチナのピアス
だった。妹の純子が見立ててくれたものだ。
 ピアスを見たまま何も言わない真澄を見て、鍋島は不安げに
口を開いた。 
「気に入らへんか?」
「ううん、そんなことない。とっても素敵」
「そうか」
 鍋島はほっとして溜め息をつき、俯いた。
 そのとき、彼の頭に突然、一つの思いが沸き上がってきた。

  ──違う。やっぱり何かが違うんや──。 

 

 鍋島のそんな気持ちとは正反対に、萩原の方は最高に気分が
良かった。
 約束通り、この日智子は美雪を連れて銀行にやってきた。
そして大急ぎで仕事を片づけた萩原に美雪を預け、幼稚園は
冬休みに入っているので時間を気にせず彼女とクリスマスを
過ごして欲しいと言って帰っていった。萩原は智子がこれから
榊原に会うのだろうなと考えながら、美雪と二人で彼女の
後ろ姿を見送った。

 それから彼はこの小さな恋人を連れて、梅田のデパートへと
向かった。
 美雪が夢中でプレゼントを選んでいるのを眺めながら、萩原は
この先いつまで彼女とこんな時が過ごせるのだろうかと考えた。
 そのうち、この娘にも自分と母親を捨てた無責任な父親を
恨むようなときが来るかも知れない。そんなとき、自分はどういう
態度でいればいいのか。もし彼も再婚していたら、彼女はますます
父親を恨むだろう。
 まだ全部摘み取ったわけではないのだと萩原は思った。
 それどころか、これからどんどん新しい芽が出てくるに違いない。
  俺は自分の蒔いた種から出た芽を、一生かかって摘み取っていく
人生を選んだんや。離婚届に判を押した、去年の八月二十一日に。

「──パパ、これがいい」
 美雪が大きなコアラの縫いぐるみを抱えて持ってきた。
「これ、プーさんと違うけど、ええんか? 美雪はプーさんが欲しいって
言うてたやろ?」
「いいの。プーさんはサンタさんがお家に持ってきてくれるもん。
美雪、サンタさんに出すお手紙にプーさんのぬいぐるみくださいって
書いたから」
「そうか。ほなそれにしよう」
 そう言うと萩原は縫いぐるみごと美雪を抱き上げた。 

 


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